羞恥イジメ告白部屋



 部屋を出る

この部屋のアドレス:029 Maison de Boo, City Center, METROPOLE21

この部屋のオーナー:コウジさん(クリックするとメールが出せます)

<オーナーのメッセージ>
中学高校でヤンキー連中に命令され、人前でオナニーさせられて感じてた人
そんなことさせてた元ヤンな人、体験談やそんな妄想・・・話しませんか?
(お悩み相談は専門サイトへ・・・)

こんなやり方もあるぜ!っていう妄想でも。

★相手募集、書き込みに対する、直接メールへの誘導は掲示板の趣旨に反しますので遠慮して下さい。


オーナーコマンド(この部屋のオーナー以外は使用できません)

パスワード:     


この掲示板は18歳以上のゲイまたはバイの男性が利用することを前提にしています。それ以外の方のご利用や、援助交際を求める内容の書き込み、宣伝行為は固くお断りいたします。

ペンネーム: メールアドレス:(省略可、スパム対策済み)
タイトル: 削除パスワード:(後で削除するときに使用)

メッセージ:(一度も改行せずに書き込むと自動改行されます)



福丸さん 投稿者:たける(3月15日(日)11時17分24秒)
一番いいところで終わってしまいましたね。想像を膨らませるしかありません。小学校の高学年から中学生の太った男の子の体はセクシーですからね。プリッとしたお尻なんか最高です。また気が向いたら書いてください。

祭り 投稿者:あ(3月13日(金)01時54分22秒)
福丸さんに直接その後のことメールで聞けましたので、大丈夫です。

いじめ 投稿者:ヌヌヌ(3月12日(木)19時52分08秒)
13年前の話。
高校の時いじめられてるやつがいた。メガネの勉強しかできないタイプ。
あだ名がマザ夫
俺が見たいじめは、プールの授業が終わってマザ夫のパンツが道路に面した金網みに貼り付けてあった。(なぜかいつも白ブリーフ)
昼にマザ夫の弁当勝手に食べ、その後、集団で押さえ付けズボンとパンツを下ろして、
箸で性器をいじる。(女子もいる前)
ズボン脱がされ下半身パンツ一枚で廊下を全力で走ってる。
聞いた話。
トイレでマザ夫が数人に囲まれている中、これは聞こえた事。
「いいからはやく!いいから!やばッ!、マザ夫お前!やばッ!いいからはやく!」なんとなくこんな感じ。
コンビニの駐車場で全裸、パンツ一枚で公園で腕たせふせ(写メ見せてもらった)







久しぶりに 投稿者:あ(3月10日(火)09時11分15秒)
よかったのに残念。批判したカメリアさん代わりに書けばいいのに。

裸祭り 投稿者:REI(3月8日(日)10時56分15秒)
福丸さん、続き楽しみにしています。
盛り上がってきたところですし、載せられるようになるとしてもらえると嬉しいです。

投稿について 投稿者:福丸(3月7日(土)23時33分01秒)
ありがとうございます。
ただ書いてくれていた方に、お断りの連絡をしてしまったので現在載せられない状態です。
本当にすみません

福丸さん 投稿者:明仁(3月7日(土)23時13分55秒)
裸祭りすごく面白いです!
祭りもいよいよ本番で続きが気になります

いじめられた思い出 投稿者:マモル(3月7日(土)11時12分50秒)
高校生時代、虐められてばかりいました。
ある日、学ランの男子生徒3名、濃紺のセーラー服の女子生徒5名に体育館の
倉庫に連れ込まれました。
学生服は勿論、下着も全て強引に脱がされて、全裸にされました。
皆は服を着てるのに自分だけ全裸にされて惨めでした。
使い込まれた犬の首輪をはめられてお手やお廻りを強制させられて、犬扱いされました。
全裸でうさぎ跳び、腕立て伏せい、腹筋運動でしごかれました。
次にお尻を天井に向ける惨めな姿で緊縛されるとアナルにキュウリをぶち込まれて、
コーラの瓶の先をぶち込まれました。
緊縛を解かれると、男子生徒がおもむろに大きくなったペニスをズボンから取り出し、
フェラチオを強要、そのままアナルを犯されました。
皆から嘲笑されて、ビンタされて、顔に唾を吐かれて、皆からおしっこを飲まされました。
8人分のおしっこを飲まされてがぶがぶのお腹になった私を彼らは倉庫にあった
マットでぐるぐる巻きにして、足蹴りされました。
マットから引きずり出されると性器を足で踏みにじられ、惨めに強制射精させられました。
息も絶え絶えの私は、どこから持ち込んだのか古びた濃紺の冬服のセーラー服を全裸
の恰好のまま着せられ、床に放置され、彼らは倉庫を出て行きました。
セーラー服姿で床に伏せてる私は、やっとの思いで散乱している自分の服に着替えて、
体育館を後にしました。
その後彼らから定期的に呼びだされては体育館裏などで全裸にされて汚れた革靴を舌で
舐めて綺麗にさせられたり、犬の真似させられたり、ビンタされたり、顔面におしっこ
掛けられたりして虐められました。
ある時は、全裸で体育館でバレーボールのレシーブのしごきを受けました。

このこと以来、虐められる快感に感じるようになりました。
この時のように惨めに虐めてくれる男性(あるいは男女のカップル)を探しています。
マモルを虐めてみたい方、メールを待っています。(160・55・55・東京・リーマン)

気にせず続けてね 投稿者:ななし(3月6日(金)23時09分02秒)
カメリアみたいなのはこの部屋の趣旨理解してない頭の悪い人なんで無視してOKです。

すみません 投稿者:福丸(3月6日(金)19時56分52秒)
カメリアさんは関係ないです。他の方です。無理をいって書いてもらっていただけなので、すみません。

 投稿者:ええと(3月6日(金)19時41分41秒)
書いているのはカメリアさんなんですか?

カメリアさん 投稿者:福丸(3月6日(金)14時52分06秒)
ごめんなさい、ブラウザを更新して。投稿したあとに今気づきました。
そうですね。書いてもらっていた立場なのに、連打してしまって申し訳ありませんでした。
自重したいと思います。

裸祭りの思い出 6 投稿者:福丸(3月6日(金)14時49分14秒)
たけるさん、いつもコメントありがとうございます。
スーパー銭湯というものはありませんでしたが、近所に銭湯はありました。
僕も父に連れられてよく行ったもので、思い返すと懐かしいですね。
ときに、裸祭りと聞くと寒い季節を想像する方が多くいると思います。
僕の田舎町ではそういった極寒の季節ではなかったので、ご安心ください。
いいえ。却って雪の舞い降りるような季節で行われていた方が、子どもの
僕に対する配慮も多かったり、僕自身裸を恥じる感情も肌寒へと集中させ
られて良かったかも知れません。裸でも自由に走り回れるよな涼味をそそる
季節だからと言って、僕の心に余裕が生じたわけではありませんが、雑念
がないほど、裸に対して周りの目線を意識してしまうと思うのです。
僕が裸になると聞いた町の人々はたいそう喜んだそうです。花束や玩具を
家まで持ってきてくれる方もいましたし、駄菓子屋のおばちゃんは、他の
子どもの目を盗んでは「何でも好きなものを取っておゆき」と僕の頭を子猫
のように優しく撫するのです。
言っては何ですが、外町からは滅多に人が訪れないような山ばかりの地に
は、裸祭りしか取り柄がないのですから。僕の参加によって町の注目度も
飛躍的に上がったのでしょう。
そう考えると、たかだか十円や二十円の駄菓子くらい幾ら取ってもお釣り
はきます。しかしながら決して裕福な家庭に生まれなかった僕の場合、
そのような小さな特権にさえ悦びを隠せれませんでした。祭りが始まる
までの間は、腑抜けたように大好きなお菓子と玩具に囲まれて浮かれて
いました。
祭りが始まる三週間程前から町中は大忙しです。(実際にはもっと前から
でしょうが、子どもの目に付くようになったのはそれくらいです)両親
は帰りが遅くなりますし、学校でも町の伝統を伝える授業をホームルーム
で何度も紹介されました。岸和田先生の僕の参加表明を耳にしたときの
あの笑顔を今でも忘れません。ホームルームが終わると直ぐに職員室まで
駆け込んで教頭まで伝えにいったとなると驚きですよね。学校では相変わ
らず虐められていましたが、あまりの大人達の狂喜乱舞に一部の生徒の間
では僕に対する見方さえ変わっていくものもありました。
「豚丸、頑張れよ」と頭を小突いて帰る生徒もいましたし、「母ちゃんが
お前見たいから、家に呼んで欲しいってさ」とそっぽを向きながらも僕を
家に招待しようとする生徒まででてきました。山岡くんや菊池くんは
相変わらず掃除中はバケツ代わりに僕の頭上で雑巾を絞っていましたが、
顔を洗っていると、時にはハンカチを差し出してくれる女子さえ現れました。
ええ、告白します。僕の気持ちからは後悔など完全に消え失せていたのです。
虐められるきっかけを産んだ裸祭りが、再び人気者という地位に僕をのし
上げてくれるんじゃないのかと。人生はそんなに甘くはありませんでしたが。

当日、僕は去年と同じお寺の控室に呼ばれました。今年は皮肉にも朝から
快晴です。大人達は待合室で褌を締めて、和気藹然と雑談を交わしています。
大きなカメラを首から提げた男も数人、ビデオカメラで撮影する人さえも
います。
僕はシャツを脱いで上半身だけ裸になって、鉢巻きだけおじさんに締めて
もらいました。心優しい誰かの気配りで褌がもらえるかと、心の奥底で期待
していましたが、結局僕の所には布きれ一枚もさえ届きませんでした。
「期待の新星登場だな」
上半身裸の僕に褌を締め終わったおじちゃんが声をかけます。本名は覚えて
いませんがテツさんと周りから呼ばれている気さくなおじさんでした。
「今年も来てくれてホンマに良かった。福丸くんおらんなったら、おっさん
のケツばーっかの祭りになるからなあ。若い女の子も帰っちゃうやろ?」
「僕もモテないよ、結構太ってるし」
「何を言うとるんや。こんな、男らしい体つきしとって。ワシの子ども
なんて昔っからガリガリでな、福丸くん見習わせたいもんや。それは、
とうと、もう福丸くんもズボンとパンツ脱いで待機しとったらどうや?」
「いいよ、後で脱ぐから」「そうかそうか、また後でな。終わったら
母ちゃんに内緒で酒も飲ませたるから」テツさんが僕の頭をわしゃわしゃと
撫で回してご機嫌にそう言います。
「テツーさん、小学生にお酒はあきませんよー」テツさんは声がでかい
ので、会話を聞いていた他の男が口を挟みます。「何でや?ワシが子ども
だった頃はなあ…」そんな大人達の楽しそうなやり取りを聞きながら
子どもの僕は一人憂鬱になるのです。
いずれこのズボンとパンツを脱いで外に出ると考えただけでも、全身に
鳥肌が立ちそうです。かといって今更棄権する訳にはいきません。周りで
は褌一丁のおじさん達が準備運動を軽く済ませると、順に控え室から去って
いきます。心細さだけが積もっていきます。
暫しして、入り口の所に知った顔が現れました。
「肥後兄?」
思わず声を上げると肥後兄は軽く手を上げてこちらにやってきました。
中学三年生になるご近所のノッポのお兄さんです。肥後という苗字なの
で皆からそのまま肥後兄と呼ばれ慕われています。
昔からやんちゃな僕の遊び相手になってくれていました。からかわれて
泣かされたことも何度もありますが、それでも肥後兄は大好きでした。
来年、中学に入学と同時に彼が卒業してしまうことは、至極残念でなら
ないほどでした。
「うーっす、デブちん」
「何しとんのん。こんなとこで」
「俺?去年から手伝うことになっとるんやで。去年も裏で手伝っとった
けどなあ。何だか知れねえ地味な仕事が多くて嫌になっちまってさあ。
今年はほおら、彼は首に掲げたカメラを見せます。
「祭りの撮影係な。ま、学校でも三年も写真部入っとったし、はよう認めて
もらえてよかったわ」僕は彼の首に掛かる重たそうなカメラを見て首を
傾げます。「ふぅん、何の写真?」「きったねーおっさんのケツとかな」
「そんなん撮んのお?」「ばあか、仕事。最後の記念撮影もあるやろ?」
彼はカメラを僕に向けて撮る振りをします。去年のことを思い出して
僕は一瞬凍り付いた表情になりました。肥後兄はそんな僕の気持ちを
知る由もありません。
「んでも、おめえすげえな。他のおっちゃんに聞いたけど祭りの主役呼ば
わりされてっぞ。先頭走るらしいやん?」「はあー?聞いてないよ、んなこと」
「俺もさっき裏で話してんの聞いたからな。そんでさ、おめえ褌は?まさか
今年も去年みてえに、フルチンで出るんじゃねえだろ?」
肥後兄は冗談のつもりでそう言って笑いました。けれど僕が口を結んでいる
と目尻に皺を寄せます。昔からの付き合いですので肥後兄は僕のちょっと
した仕草でも直ぐに感づいてしまうのです。
「うっそだろお。ホンマにおめえチンコ出して走るのか。来年中学だろう?」
「知らないよ、もうそう言われてるんだからさあ」「言われてるも何も
お前が参加するの決めたって皆言ってるぜ」「そうだけどさあ」次第に
彼が鬱陶しく感じて来たので僕は背後の壁に背をもたれながらぶっきら
ぼうに答えます。肥後兄も僕の態度が気にくわなかったのか意地悪を言い
ました。
「ひひぃん、じゃあお前のチンコ撮影し放題だなあ」
肥後兄はカメラを下半身に向ける振りをしました。ぞっと鳥肌が立ちそう
でした。
「馬鹿言うなよ」
カメラを払って足に蹴りを入れてやりました。少しムッとした顔をされま
したが、何時ものことです。肥後兄は「デーブ」と言って廊下に出て行って
しまいました。
一昨年までは出たと言っても簡単なコースを走っただけ。去年は暴風雨のため
簡単な撮影のみ行っただけです。今後どんな祭りになるのか、この時の僕
には想像さえ付きませんでした。

祭り関係者へ 投稿者:カメリア(3月6日(金)13時27分30秒)
長期連載はちょっとね…。どうせなら高校生あたりでお願いできないかしら?

福丸さん 投稿者:たける(3月6日(金)02時29分44秒)
6年生でも裸祭り参加するんですね、楽しみです。最近の子はスーパー銭湯とかで小学生の高学年の太った男の子でも子供ですからほとんどフルチンで入って来ます。大丈夫ですよ。

裸祭りの思い出 投稿者:福丸(3月6日(金)00時30分17秒)
六年生での学校での虐め内容を語るとキリがありません。そもそも裸祭り
主体のお話であったので、そろそろ話を裸祭りに戻したいと思います。
知っておいて欲しいことは、一学期にはクラスで無視が始まり、二学期に
入ると暴力的な行為さえ受けることとなったということです。面白おかしな
馬鹿げたことを口にしたり、女子に嫌がらせを行ったりなどして周りの人間
を楽しませるだけしか能が無かった僕にとって、周りに醒め対応を取られて
しまえば自慢の二枚舌も動きを無くしてしまうのです。
僕が虐めを受けていると言った生徒らは噂を聞きつけては数を増し、いつ
の間にか全学年の生徒がその卑劣な行為に参加するようになりました。
あだ名も豚丸に改名され、計り知れない仕打ち、逆襲を受けたのです。
また話が逸れてしまいましたね。けれど僕が六年生になっても例の裸祭りに
参加する意思を表明した理由も、これで皆さんもだいたい想像がつくで
しょうか。
「ホンマに出るの?」直前の応募期間の際に、母さんは驚いて首をすくめ
ました。「アンタさぁ、あんだけ嫌がっとったやん」
父は逆に嬉しそうです。「流石は男の子。立派だぞ。実は町の皆はな、裏で
今年こそ福丸は嫌がるかと思って諦めてたんだ」
「気が変わった」
コーラをストローで吸いながらぼくは無表情にそう呟きます。
両親に心配は掛けたくなかったので、学校でのいじめの話は何一つした
事はありません。下校中に転ばせられて怪我をして帰宅しても、誰かと
喧嘩したんじゃないかと注意を受けるほどでした。
「そうか。福丸も父さんと母さんの子だ。年に一度のイベントだからなぁ、
存分に楽しまんと」
楽しむのは僕でしょうか。それとも大人でしょうか。きっと冷やかしに来る
だろう学校中の生徒でしょうか。数日前のことを僕は思い出していました。
「おめえさ、裸祭りに出ろよ」
僕は教室の黒板の前で、以前は仲の良かった山岡くんに強引に肩を組まれ
そう命令されました。山岡くんはがっちりしているので力が強く、友人
だった頃は頼もしかったのですが、虐めが僕に向けられてからは彼の腕っ節
に何度酷い目にあったか分かりません。
他の男子生徒もぼくを取り囲んで笑みを浮かべています。僕はチャイムが
鳴るまで動く事を決して許されません。
「あれ出ると有名になれるんやろ?豚丸のきたねぇケツとチンポコ晒して
笑い者になれよ」
「ええなぁそれ。フルチンで走ったら皆で応援しに行ってやっからよ、な?」
僕は口を一文字に結んだまま答えられません。「でも、それは…」
以前とは別人のようなぼそぼそとした喋り方が可笑しいのか、子ども達は
益々つけ上がるのです。
「おめぇの父ちゃんも母ちゃんも頑張ってやってんだからさ、おめえが
出ねえでどうすんだよ?」「だって…もう今年は…」「あぁん?」
今度は菊池くんという眼鏡を掛けた出っ歯の少年が僕の胸ぐらを掴みました。
「豚丸のくせに生意気いってっと。泣かすぞ?」
「いいぞ、ヤレヤレ」と他の男子生徒から野次が入ります。
「それともさあ。この前みてえに、机の上でウンコすっか?」
今度は山岡くんがはそう言って、クラスの皆は腹を抱えて笑います。
僕は過去最悪の出来事を思い浮かべながら。固く首を振ります。あれ以来
僕の席には誰も寄って来ませんし、給食を食べている時は鼻を摘まんで
くすくす笑われるのです。
「どうすんだ、豚丸ちゃん」山岡くんが脅すような口調で、優しく僕に問い
かけました。
思えば、僕はここでもまだ引き返す事ができたかもしれません。彼等の言う
とおり、不本意ではありますが、クラス全員の前で大便をしようが、
どんな醜態を晒そうが、絶対に祭りだけには出るなと過去の自分に忠告して
やりたい。それほど、僕のこの時の決断は今後の人生を大きく揺るがすもの
だったのからです。気づいてはいませんでした。茨の道を裸足で進もうとして
いることに。

裸祭りの思い出 4 投稿者:福丸(3月5日(木)17時06分31秒)
すみません。遅れております。
実はある方にお願いして執筆してもらっているので途中からなしになってしまうかもしれませんが、
書いてもらった文だけは乗せますね。

先だって申したとおり、田園生活を過ごす僕ら子どもの人数は、外町に
比べて格段に少なくあります。僕の学年はまだ多い方でしたが、一学年に
十人程度の児童しかいなかった年代もあったそうです。ですので、クラス
替えという行為自体至極意味が無いのですが、生徒の気分転換にと毎年
行われていました。六年も同じ空間を過ごしているわけですので、特に
自己紹介をする必要は絶無ですが、その年は新人の岸和田という女教師
が新しく学校に入ったこともあり、自己紹介から始まりました。
岸和田先生は、隣町の小学校からの転勤でありましたが野暮ったい他の
教師とは違い、僕ら生徒の目にも見栄え良く上品に映りましたので、
僕のように普段からお行儀の悪い生徒も、皆が岸和田先生に知ってもら
いたいという一心で賢明に自己をアピールしておりました。
無論、ほぼ名前の知れている生徒間の間では自己紹介もへったくれも無く
他人の紹介中など耳も貸していないのです。僕は最後の方でしたので何を
話そうかと柄にも無く心臓を高鳴らせていました。
「次、花田福丸くん」
岸和田先生に名前を呼ばれ、僕は張り切って黒板の前に立ちました。
人前に立つことは慣れていましたし、人を笑わせることもお手の元の僕で
した。ここらで一発どかんと火を噴かせてやろうかとも考えていましたが、
少し違和感は感じていました。何せ始業式始まって以来、誰とも口を効い
ておりませんでしたので。今まで他人の紹介中は欠伸さえしていた生徒達も、
僕の番になると不思議と顔をあげて、興味津々に僕を見詰めるのです。
皆が僕に期待しているという間違った解釈をし、僕は溌剌とした表情で
自己紹介を始めました。冗談も交えた紹介には大抵クラスの生徒らは大笑い
するはずですが、奇妙にも誰も笑いません。岸和田先生だけが笑顔を作って
「面白い子だね」と言うのです。滅多に無い反応しに僕は思わず言葉に
詰まってしまって、以上です。と頭を下げました。拍手さえ起こりません。
そこで、岸和田先生は思いついたように「あッ」と声を上げました。
「福丸くん…確かあの裸祭りに出ていた子だよね?先生、見てたんだよ」
隣町から人が大勢来ることは知れています。岸和田先生が見に来ても決して
可笑しくないでしょう。「あ、はい」と僕は顔を赤らめました。久しぶりに
思い出したくも無い思い出を語られてためらってしまいます。すると一人の
生徒が「センセー」と手を上げました。「なぁに、山岡くん?」「見てたって
何を見たんすか?」途端にクラスの生徒達が息を合わせたようにクスクス
笑うのです。「どういうこと?」「福丸のチンチンミマシタカー?」他の生徒
がふざけて言って今度は大爆笑が起きました。僕は顔を真っ赤になってもの
凄い形相で彼等を睨もうとしましたが、こちらには目もくれません。
何か言い返してやろうとも考えましたが、岸和田先生の前です。それに
先ほど滑った僕はここでうけが良かったことを利用しようとも思い、大げさ
に頭を掻いて照れる振りをしました。岸和田先生も心配そうな顔を僕に
向けていましたが僕の表情を見ると安心した様子で「見ちゃった」と
冗談っぽく舌を出しました。どっとクラスが沸き上がります。
笑わせている、笑われている。その絶妙な違いを子どもの僕は良く分かって
おりませんでした。どうやら岸和田先生は僕をクラスのお茶目なムード
メーカーと捕らえたようです。勿論弄られキャラとしての。

裸祭りの思い出 3 投稿者:福丸(3月4日(水)22時42分59秒)
たけるさん・まつさん、ありがとうございます。腰折れ文、汗顔の至りです。
自分で言うのも何ですが、可愛い・愛嬌があると褒められることは多々ありました。
それとも若しかすると単純に、ほちゃほちゃとしていた健康体の肥満児は腕白少年が絵に描いたような
自然体であり、女尊男卑社会で生きる男達の胸に懐かしさを与え、深い慈愛を徒に与えていたのかもしれません。

そろそろ話を戻します。現代の小学校の掃除当番決めのルールなど知りませんが、
僕の学校では人数の関係上、掃除当番は全員で毎日行うことになっていました。
テストの点で良い点をとったりすると、早く帰れる特権を与えてくれる教師も中にはいたそうですが、
僕のクラスの教師はそう言ったことはしませんでしたので、掃除の時は大抵同じクラスのメンバー十数人で
掃除を行います。教師が居なくなると同時に、ほぼ自由になるので手を止めてくだらない話をするのは
日課です。裸祭りが終わった休み明け後、話の内容は自然と例のものへと移りました。

「あいつさ、チンポコ出してたやんなあ?」
「シンちゃんも見た、俺も見たよ福丸のチンポ」
普段は話の中心で騒いで収拾がつかなくなり一人で先生に目を付けられる僕ですが、
その日は違いました。少年達の声に聞こえない素振りをして黙って箒を動かします。
「見た見た、去年も出しとったよな。今年はやらんじゃなかったっけ?」
「さあな。見せたがりなんじゃね?」
床にあった塵取りを蹴飛ばしてみせると彼等は「なあに、聞こえとんかよ」と
苦笑しました。「そうそう、言われんのが嫌ならちんぽこ出さなきゃええんやないか」
と、真顔で言われてしまいます。普段ならここらで衝突しますが、何故か怒る気にもなれず、
箒を置いて僕は無言でその場を立ち去りました。

小学生のおふざけなんてその場限りだと熱弁をふるうものもいるでしょう。
その通りですね。当時悪ガキだった僕の友達なんて僕と同じくらいの単純な子達でしたので、
直ぐにその話は無くなりました。けれど、町一大のイベントは学校の教師、強いては
授業にまで不必要な影響を与えるのです。此処彼処に担任の男教師は裸祭りを町の名誉と称え、
うんざりするほど執拗に僕を称美するのです。全校生徒の前で校長が皆に拍手するようにと言ったこと
だってあります。熱心に感動しているのはいつだって町の大人ばかりで、町の子どもはひそひそと
小声で何か物言いながら神妙な顔つきで僕を見ているのでした。
五年生が終わる頃おいでした。下駄箱から僕の靴が消えていたのは。
犯人は馬鹿馬鹿しくも卒業する六年生の所業でありました。悪気も全く無いほんの悪戯心だった
そうです。けれど、田舎の子どもほど場の空気に流れやすくなるものなんです。
年上のすることなら寧ろ―。元より僕にも原因は山ほどありました。当時の僕に蛮行を受けた
女生徒なんて星の数ほどいるでしょうし。
しかし、僕と会話する友人の数は消えていき終業式を迎える頃には皆無に等しくなっていました。
端無くも不遇が続いた後、冷酷な生徒達の視線は必然的に、僕に降りかかるのでした。まるで一太刀の刀の如く。

福丸さん 投稿者:まつ(3月4日(水)21時00分59秒)
福丸さん どうぞ続けて下さい 楽しく拝見しています

福丸さん 投稿者:たける(3月4日(水)19時28分50秒)
もっと聞かせてください。太った男の子の話は最高です。可愛いかったんでしょうね。何度も読んで情景を想像してしまいました。