近親相姦―親父と息子―



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義父との出来事 投稿者:コウ(11月24日(月)16時23分23秒)
婿養子となって30数年たちます。(私自身のことです。)
今は義父は他界してしまいましたが(10年ほど前に)、実は義父と2人だけの秘密があります。そうです、体の関係ができていたのです。
と、言っても私が。、義父の一物を弄ぶ程度でしたが・・・。
ちんこ、アナル、キンタマへの愛撫はよくさせてもらってました。
今考えると懐かしく、又、早く義父が他界してしまってことが悔やまれます。

息子を壊した3 投稿者:剣道父(11月24日(月)09時00分55秒)
私の逸物は、これ以上もなく青筋を立てて、長男の手に握られていました。「親父の超太い・・。」長男の大きめの手でも、私の逸物は握り切れてません。長男がしげしげと見つめています。心臓が飛び出すかというほど私の胸は大きく打っていました。口はカラカラに乾き、言葉が出てきません。長男の手が、ゆっくりと上下に動き始めました。そして、上目使いで私を見ながら、「俺さ、ラグビー部の先輩からチンポ扱かれたことあるんだけど、親父は、男同士で扱き合ったことある?」と言いました。「な、何を言ってるんだ。」私は大声を出したつもりが、カラカラの喉で何とかかすれた声でそういえたにすぎませんでした。そして私の逸物は長男のユルユルと動く手の中で、ビクッビクッと脈を大きく打ちだしました。長男はそれを手で感じたのか、「親父の、元気だなあ。すげえ脈打ってる。親父の年でもこんなに勃起すんだ。」と言い、また目線を私の逸物に戻しました。「や、止めなさい!」私はようやくそう言えました。そして長男の私の逸物を握る手を払おうとしましたが、長男はその手を逸物を握る手とは逆の手で掴みました。「あ・・・」掴まれた瞬間、武道を嗜んだ私には、長男に力でかなわないことがすぐにわかりました。長男の手が、私の逸物を根元からカリ首まで念入りに扱いていきます。「親父、いいじゃないか。こんなに勃起したんだ、親子で扱き合いしようぜ。」と言って、長男が湯から立ち上がりました。長男は果たして勃起していました。その逸物は、私より小さめと言っても、15pぐらいはある太さもなかなか立派なもので、私が学生時代エッチしていたウエイトリフティングの同級生より一回り大きいものでした。そして色は私より黒く、輝いており、逞しさを感じます。何よりその若さです、ビクンッビクンッと定期的に数pもの幅で大きく首を振りながらそれは立ち上がり、強く反り立ったそのカリ首は、腹に鈴口が押し当たるほどの角度で長男は勃起していました。私はその若くたぎる血潮に目を奪われましたが、すぐ正気に戻り、「止めなさい、離しなさい。」と言い、長男の手を振りほどこうとしました。しかし、長男の手は万力のように私の腕を掴んでいます。仕方なく私は長男を睨み付けると、長男の目は私の顔ではなく、私のいきり立った股間に向けられていました。「はあ、父さんのチンポ、なんてデカくて逞しいんだ。」長男は急に顔を近づけると、大きく口を開け、頬張りました。「オイッッッ!!!」と言おうとしましたが、長男の手が私の口をふさいでいました。空いている手で長男の首を押して引き離そうとしましたが、さすがタックルで鍛えているラグビー部なのか、私の力ではびくともしません。渾身の力を入れてみましたが、長男の肩の筋肉が逞しく盛り上がっただけで、やはり動かせませんでした。逆に私が疲れてしまい、力を抜くと、ピチャ、ピチャ、と私の股間で音がします。それは長男が私の逸物を舌で嬲ってる音でした。見ると、カリ首や鈴口を長男はゆっくりと舌で愛撫しています。その少しざらついた感触に、私はゾッとしましたが、数回亀頭を口に含まれると、次第に快感を感じて来てしまいました。長男は私が大人しくなったのをみると、私の逸物で最大限に大きく開いた口で、カリ下まで咥え、舌でチロチロと裏筋を刺激します。私の逸物は、少し勃起が弱くなってましたが、長男の口の中で再び勢いを増してきていました。「うそだろ、父さんのデカいチンポ、もっとデカくなってきた。」そう言いながら長男がとろけるような顔をしながら私の逸物にしゃぶりついてるのを見ると、私は、自分の父親の逸物を口の中に含み、勃起させることに快感を感じている息子、そしてその息子に愛撫され更に強く勃起していく父親、という今の状況を考えると、何か悲しくなりました。そして、力を完全に抜き、長男に任せました。すると、長男は自由になった両手も使って私の逸物を愛撫します。私の意思とは関係なく非常に強く勃起した逸物は、19センチ超の大きさを誇り、長男の両手で握って更にフェラチオをしている長男をえずかせて、ようやくその全容が何とか隠れるぐらいでした。私は思いました。確かに、長男の愛撫は気持ちは良いですが、私も多少の経験はあります、この程度の刺激では射精には至らない自信がありました。それに大柄な長男の口と言えど、私の逸物は大きく口を開けて咥える必要があるし、更に亀頭下まで咥えるのが精いっぱいのようです。私がこのまま耐えてれば、そのうち長男がギブアップすると踏みました。案の定、10分もすると長男がフェラチオをするのが減ってきて、そしてそのうち「父さんのデカすぎて顎が痛い。」と言って、口を使うのを止めました。しかし、恍惚とした表情で私の逸物を離しません。私の逸物も長男の手の中で私自身が驚くほどの硬さを保ったままそそり立っていました。

息子と仲良しー5 投稿者:世帯主(11月23日(日)21時55分57秒)
追伸。
その日、息子との「全裸オナニー・特に後半はフェラ」をして、自室に
戻って10分程後、中3の娘が帰宅しました。
もし、父子が精液の飲み合いをしている所に帰宅したら、父子の全裸に
勃起したチンポを見られ、父親の面子が丸潰れで大枚の小遣いを渡す
羽目でした。すぐに服を着た事は言うまでもありません。
夕食後、自室でパソコンテレビを見ていると息子が『パソコンのインター
ネットが上手く繋がらない」と言って入って来ました。
早速、息子の部屋に行きパソコンの点検調整をしながら息子に色々と
聞いてみました。
父「オナニーはいつ頃覚えたんや?」
息子「中学1年の頃、勃起して来たチンポを手コキしたら気持ち良かった
   からかなぁー!」
父「オナニーの回数はどの位?」
また、今度にします。








息子と仲良しー4 投稿者:世帯主(11月22日(土)09時25分03秒)
娘持ちさん、読んで頂き有難う御座います。
もう、内輪の秘密話は恥ずかしいので、辞めようかと思いましたが続きを
書きます。
あれから2週間余、平穏日常的な生活を送っています。あれだけ息子の反抗期
があったのですが「下半身スキップ」のおかげで、少しは息子と仲良くなれた
思う日々です。
5月の平日午後2時頃、私は公休日でパチンコから自宅に戻ると、妻はパートで
子供達は学校のはずなのに、玄関に息子(高3)の靴があるのです。
息子部屋のドアを、少しそーと少し空けるとヘッドフォンを掛けパソコン画面の
「エロアニメ」を見ながら、全裸オナニーをしているのです。家は留守と思い
安心して「全裸オナニー」になったと思います。
私は、ドアの前で立ちすくみ、ズボンの中のチンポが勃起し自然とオナニーを
していました。余りにも初めての光景で、すぐに射精しかけましたが寸止めし
我慢出来ず、自室に戻り全裸になって再び息子の部屋に入り、横に立って
オナニーを始めたのです。
息子は大慌てで勃起したチンポを隠しましたが、お互い全裸オナニーをして
いるので、息子は落ち着きを取り戻しエロアニメを見ながら続けたのです。
不思議ですね!!こういう場面は言葉を交わさなくても、雰囲気でわかる
んですね。
そうして、私は息子の左手を勃起した自分のチンポに宛がい「手コキ」する
合図を送るとやってくれるので、私もお返ししてやりました。
私は立ちあがり、息子の眼前に勃起したチンポを持って行くとマジマジと
観察して「お父さんのチンポはピンクででかいなぁー」と言うので、息子の
口元に持って行くとフェラしたのます。
フェラは妻以外してもらっていない為、感極まり足がブルブル震えてすぐに
逝ってしまい口内射精し息子はそれを飲み込んだのです。
「苦いやろ?出せば良かったのに!」と言うと息子は「お父さんの精液
やから、かまへん」と答えてくれました。
私も息子の勃起したチンポをフェラして逝かせると、吸っても・吸っても
精液は湧き出し口内一杯となり、味わいながら飲み干しました。












息子と仲良しさんへ 投稿者:娘持ち(11月21日(金)21時38分26秒)
世帯主さん。息子と仲良し1〜3を読ませてもらって羨ましいです。
私の子供が女子2人で、貴方の様な「チンポの絡み合い」は
出来ません。
だから、続きを楽しみにしています。

息子と仲良しー3 投稿者:世帯主(11月18日(火)18時46分15秒)
息子は「何するの? 恥ずかしいよ」と小さな声で言いました。
お父さんのチンポを見ろ!こんなに大きくなっているやろと見せつけ
手をのけるように言いました。
息子は、観念したのか黙って手をだらんとしました。
私が座っている眼前に、息子の勃起したチンポが目の前にあるのです。
生まれて初めて他人のチンポ、ゲイ動画では見ますが実物で勃起した
チンポは、言葉では表せず射精しそうでした。
私のチンポは、根元細く先太りですが、息子のチンポは根元から太く
表皮は完全に剥がれピンク色の亀頭部を露出させ長さは私と変わらず
立派なものです。カス匂いもしません。
私は、手の感触を味わいゆっくりと上下させました。
気持良いかと尋ねると、下を向いて頷き息子は『こんな気持ち良いのは
初めてや、自分一人でやっているので人にしてもらうのは初めて』と
顔を合わせたのです。私の右手は勃起したチンポを抜いています。
私は、妻にフェラをしてもらうので、息子の固いピンク色の亀頭部を
フェラしたらどんな感触か知りたくなり、口に咥えました。
他人のチンポを触ったりフェラすると病気をもらうのではと、怖くて
出来ません。親子ならそんな心配は無いだろうと
息子は、ビックリ仰天で口からチンポを抜こうとしたが、口の吸い込みを
強くし、数回フェラしていると息子は「お父さん、あかん、出そう!!」
と腰を引きかけたが、私が抑えていると私の口中一杯に射精したのです。
他人の精液を飲むのは初めてで、ホロ苦くネバネバしていて「一種の山芋」
の様でした。口の中の精液を息子の前で飲み込みました。
すると、息子は「お父さん大丈夫?身体壊せへんか」と聞いたので、
私は「大丈夫や!お母さんも飲んでいるけど元気やろ」と言い聞かせると
「お母さんもそんな事をしているの」と納得しました。
私は、射精後萎縮するのですが、息子のチンポは勃起状態で、ティッシュ
を使わず口で綺麗にしてやりました。
このまま、息子を部屋から出すと、私の全裸オナニーや息子のチンポを
フェラした事が、妻にばれ家庭不和になっては困ると思い考えて、一瞬
私は立ち上がり、息子の勃起したチンポに私のチンポを合わせ、
チンポ先口で、ディープキスしたり互いの表皮を被せ合わせたりして
息子に、これは「親子二人の秘密で!」とと息子は「うん、わかった、
秘密にしとく。」と念を押しました。
息子は、お父さん「まだ、立ったままでズボンがはまれへん」と言う
ので、再度、フェラしてやり口に射精すると、息子のチンポはタ゜ラン
となり、部屋から出て行きました。
翌朝、息子は高校生の反抗期で私とほとんど言葉を交わしませんが
明るい声で「おはよう」と言ったので、一安心です。
























寝込みさんへ 投稿者:にてる! (11月9日(日)20時01分14秒)
俺の場合は初体験は叔父でした。結婚後息子と同じような関係になりましたが、息子に
彼女が出来てからは 息子からこんな事はもう止めて欲しいとお願いされてからは関係は無くなりました。今は時々若い子をお金で買って処理しています。

義父に 投稿者:寝込み(11月7日(金)12時45分11秒)
今から30年も前の話です。
私が中学2年生のときに母が再婚しました。再婚相手は当時20代後半の一見ヤクザみたい
な人でした。母は仕事の関係で海外にも出張に行くような状態でしたので、母が不在の
ときには義父と二人の生活をすることになります。中学2年で新しい父親に慣れろという
のが無理で、お互い、よそよそしい関係でした。
母が出張に行っていたある日、自分の部屋で眠っていると下半身に違和感を感じました。
気づくとそこには義父がいて、あろうことか私のものにしゃぶりついていました。
そのときの衝撃といったら表現の仕様もありません。怖いのと気持ちいいのとがごっちゃ
混ぜになって、ただ寝たふりするしかありませんでした。
当時、オナニーを覚えたばかりで、兎に角性欲だけは盛んでしたから、男にしかも義父に
フェラされても快感にはまっていくのが分かりました。
気持ち良さに負けて身をよじるものだから、義父に起きていることが分かってしまいま
した。それでも義父はフェラを続け、とうとう口内射精してしまいました。
私の精液を飲み干して部屋から黙って出ていく義父のことが全く理解できませんでした。
そしてそれから毎日、夜な夜な義父は私の部屋に夜這いに来るようになりました。
勿論、母が在宅のときにはそんなことはしませんが、月の内に1週間は母が不在になり、
その度に毎晩フェラ抜きされるようになった訳です。
義父とは日常的に特にこれといった会話はしていませんでした。所謂つかず離れずの
関係で、母が不在のときは義父と一緒に食事に行ったり、普通の再婚後の親子関係
だったと思います。
最初こそ義父からされる行為に背徳感がありましたが、だんだん自分から欲している
のに気づきました。だから、母が出張に出かけたその夜は、期待で夕方から勃起した
状態でした。それに気づいたように、義父も大胆になり、私のパジャマも脱がせて、
全裸の私の体を触ったり嘗めたりしながら、優しくフェラしてくれるようになりま
した。私ももう寝たふりすることなく、声さえ出すようになって、オナニーでは味わ
えない快感の虜になっていました。
そしてこの行為が半年くらい続いたある夜、初めて義父が行為の最中に自ら全裸に
なりました。当時の私の身長は170cm弱、義父は180cmくらいでした。実はそのとき
初めて義父の背中を見たのですが、背中一杯に入れ墨がありました。
「お前は何もしなくいい、寝ていろ」と言われるまま、義父からのフェラに身を任せ、
暗闇の中で動く義父の裸を見ていました。義父は私のものを咥えながら自らのものを
しごいていました。私が感極まって叫びながら射精すると、義父も少し遅れて唸るよ
うな声を出して射精していました。
この関係は、私が結婚した後も続きました。高校になって私に彼女ができて、童貞を
捨ててもなお続きましたし、むしろ彼女とのセックスよりも義父との行為から得られる
快感の方が勝っていました。
大学入学で上京してからも、年に数回は帰省し、その度に行為に及びました。ただし、
そのころは母も出張には行かなくなっていたので、帰省の度にラブホに行くことになり
ました。毎日のように義父と二人でドライブに行くものだから、相当仲のいい親子に
なったと母からも言われましたが、実は、義父と二人のときに特段の会話もなく、
ただただ快楽だけの関係でした。そのころ、私自身も義父のものを咥えたいという願望
が芽生えていて、それとなく手を出すのですが、一切触らせてもらえず、一方的に
フェラされ、義父が自分のものをしごくという行為のままでした。
義父がなぜそんな行為をするようになったかを聞いたことがあります。
義父は10代の頃から所謂ヤンキーでヤクザ予備軍みたいな連中とばかりつるんでいた
そうです。そこで先輩からフェラ強要されて、そのうちに自分からフェラするように
なってしまったようでした。ヤクザの世界に一時期いた時も、部屋住み時代に男同士
の関係があったようでした。
大学を卒業し、就職の場はUターンでしたからまた実家での生活が始まりました。
そして週に1度は2人でラブホでした。体中を嘗め回され、肛門に舌を入れられ、
ローションでゆっくり手コキやフェラをされながら延々を寸止めされて快感に
のたうち回りながらの行為に没頭しました。義父のものをしゃぶりたいという願望が
いよいよ最高潮に達していましたが、懇願してもそれは許してもらえず、その気持ち
があいまって益々興奮しました。
一方、同時期に今の妻とも付き合っていて、26歳で結婚しました。
人並みな夫婦生活を送りながら、時々義父との行為に没頭する日々を送りました。
そして終焉は義父の死でした。私が30歳の時です。交通事故でした。
人生であんなに泣いたことはありませんでした。
今、私は45歳です。1人息子がいて、現在18歳です。
妻とは8年前から別居状態です。
息子の寝込みをフェラしたのは息子が14歳の時でした。
義父との行為と同じことをしています。やりながら当時を思い出し、息子を当時の自分
に置き換えて、自分を当時の義父に置き換えています。息子が快感で震える姿が
愛おしく感じます。

その後の話 投稿者:黒人好き親父(11月1日(土)23時15分11秒)
あれ以来息子はサルになってしまった。
もう夢中と言ってもいい。K君も同じだ、
私はバレないよう細心の注意を払って行動するようになってしまった。
K君の父親になど言える訳も無い。モロ淫行だから。秘密は少人数に限る。

ボディソープをゴムに塗りつけて行うSEXは彼らを事の他興奮させる。
私の細長いチンポは彼らのその小さな肛門に裂傷を起させなかった事は幸運だった。
ソープの減り具合はかなり速かった。もう絶えず求めてくる。
2人一緒だとかなり疲れてしまうのだ。

でお正直な話、彼らとのまぐあいは素晴らしい。
私がK君の後ろから犯すとすぐに息子が私の後ろに回って私の肛門をねぶり回すのだ。
K君の柔らかい尻を満喫しながら息子の舌に悶絶する。勿論その逆も同様だ。

堪らずイキそうになると、2人にキスをさせながら、その両方の顔にぶっかけるのが
最近の好みとなっている。
もうこんな感じだから、2人はもう性交したと思っていたが、そうではなかった。
2人の興味は私だけだった。私にだけ犯されるのがいいということなのだ。

私の精液を浴びながら互の手で果てるのが一番気持ちがいいと息子たちは言ったのだ。
これでは私だけが若い肉を喰らうだけではないかと考えた。

私はもう一方からの誘惑に駆られた。
息子たちに抱かれたい。荒々しく犯されたい。
若い肉棒で私の直腸の中を荒らして欲しいと思ったのだ。

10月最終週の金曜日に行動に出た。
私は会社を半ドンで退社してK君の家に向かった。(実家では妻がいたから仕方なかった)
チャイムを鳴らすとK君が玄関を開けてくれた。
周囲を見ても誰もいない。私はゆっくりと堂々とした足取りで中に入った。
K君の父親は仕事、母親はパートで6時までは帰らない。
人様の家で人様の子供と性交をする。この行動に私の興奮は最高潮に達した。

リビングに入ると、そこはいつも家族みんなでワイワイ騒いでいた雰囲気とは違って、
静かな佇まいの中にピンと張り詰めた空気が漂っていた。
K君は汗を流して欲しいと言ったので、私はそこでシャワーを借りた。

汗ばんだワイシャツが私の気持ちを代弁していたかのようだった。
一通り体を流すと、素っ裸のままリビングに戻った。
息子たちも既に体をきれいにしていたらしく、素っ裸になって私を待っていてくれていた

息子もK君もチンポが反り返っていた。勿論私も大きくなっていた。
K君は自分の部屋に行こうと言った。
彼の部屋に入ると、小さめのベットが部屋の隅にあった。

もう堪らん。私は2人の頭を抑えると、私の股間に顔を押さえ付けた。
息子のフェラとK君の玉袋しゃぶりで気持ちが良くなった。
息子に竿をしゃぶらせ、次にK君にしゃぶらせた。
そこまではいつものSEXと同じだったが、今回は違う。

私はベットの上でよつんばになり、尻を高く突き上げ彼らに私の肛門を見せつけた。
真っ黒だねとK君が呟いた。私は人差し指を入れてと言った。
K君は言われるままに指を差し込んできた。
ぐっと腹に圧迫感を感じた。初めての感覚、正直ちょっと気持ちが悪くなった。

お前達はいつもこんな苦しい気持ちでいたのかと聞いたら、初めての頃はそうだった。
だけど慣れてくると挿入感からくる股間への痺れが気持ち良くなってきたと2人は言った

小さな指の腹が校門の壁にまとわりついてくる感触が気になった。
私は息子にも入れろと言った。2本の指が互いに私の腸壁を擦ってくれた。
何とも言えない感触、このもぞもぞとした感覚は排便感と同じかもと思った。

もっと中へと言うと、指の半分がずっぽりと入ってきた。互い違いに動く2本の指に
私は堪らずウンコがしたいと大きな声を出してしまったのだ。
彼らは直ぐに指を抜いたら、もう我慢出来なかった。

私は脱兎のごとくトイレに駆け込むと、でかいうんこを出した。
ああ何という快感。爽快感が全身を覆った。
私がトイレから出て部屋に戻ると、2人が大きな口を開けて互の舌を貪りあっていた。

そしてk君は私の顔をみるなり、息子のいきりたったチンポにむしゃぶりついたのだ。
息子は背中を反らせながら、初めてだねKちゃんと声を荒らげた。
k君は初めて自ら求める行動にでたようだ。

私はk君のチンポをゆっくりと扱きながら、一緒に息子のチンポを舐めた。
息子はたまらなかったのか、すぐに出ると叫んだ。
私はかけていいぞと言うと、息子は立ち上がり私とk君の前で狂った様に扱いた。

私は初めて息子からぶっかけられた。
K君もすぐに続いた。私の顔は彼らによってねっとりと汚された。

回復はすぐだった。
私は息子をベットに寝かせると、ゴムの装着を施した。続いてK君も。
そして回復した息子の勃起を見ながら、ゆっくりと立ち上がり、そしてゆっくりと
腰を下ろしていった。

その瞬間息子が背中を反らした、私は彼の腰の上に密着していた。
硬い石が腸の奥深くに詰まったかのような感触を覚えた。
私は息子の上で腰を動かし始めた。
息子も気持ちがいいのだろう、反発しながら腰が上下に動いていた。

おお凄く気持ちがいい。いかにも犯されている陵辱感が気持ちを高ぶらせた。
私はK君を正面に立たせてフェラを施した。k君は私の頭を両手で抑えながら腰を動かす
私は喉奥に閊えながら、若いチンポをしゃぶった。

もうたまらん。我慢ができん。
私はk君にも入れてと懇願した。
k君は背後に回り、私と息子の結合点に向かって、強引に入り込んできた。
うう、裂けそうだ・・
脈打つ2本の感触を下っ腹で感じた。2人が狂ったように腰を降り出した。

おうおうと唸る私。もっと突けと言うと更に力強く中に入ってきた。
2人はもう出ちゃうと大きな声を上げて・・・果てた。

2人が抜き出すと同時に、私はベットに倒れ込んだ。
強烈な射精感もないままに、私の腹にべっとりと自身の精液がついていた。
何という快感だろうか。もう彼らに挿入なんてのは止めた、私は入れて欲しいのだ。
激しく突かれたいのだ。

私は2人に正直に話した。
2人とも賛同してくれた。

昨日2人は初めて結ばれたそうだ。
息子はk君から立ちバックから犯され、またk君も正上位から突き上げられたそうだ。
我々3人の性行動も次の段階に移った。

さて今度は何をしようか・・・?

父と少年と僕 投稿者:息子30歳(10月13日(月)03時21分27秒)
先月の事です。
実家から電話があって、父が大ケガをしたとの連絡でした。
3年前に結婚した僕はその当時独立して家族を持っていました。

父は高校で数学を担当する教師です。
そしてクラブ活動ではテニス部の顧問を担当しています。
今回のケガは趣味の山登りで足を滑らせて右足を複雑骨折という事でした。
父の趣味からもわかるように、結構がっちりとしていかにもスポーツマンタイプ
といった大きくて幅のある肉体の持ち主です。
まあタレントの山口智充を連想してもらえればほぼ正解でしょうか。

僕は急いで実家に戻ってから病院へ向かいました。
突然のことでヨレヨレの背広姿のままでしたから、ちょっと恥ずかしかったですね。
病室には母と叔母がベットの傍で座っていました。
正月以来の顔合わせでしたから、やあ暫く、という会話から始まりました。

父のケガはひと月程度掛かる見込みという診断でした。
母も叔母もひとしきり、もう若くないのだから無理はダメよ、と何度も繰り返して説教
していました。
父も定年まで後数年残していますが、確かに寄る年波は見た感じからわかりました。
父は凄くうんざりとした表情で頭を掻いていました。

それから僕は見舞いとか身の回りの用事とかで週1日の割合で病室に顔を出すように
なりました。今の住まいが隣の県からですから、結構時間を要します。ですから、
仕事で行けない時は妻にも手伝って貰いました。もちろん母は毎日、叔母は時々気が
向いたら、というペースでしょうか。

さて、10日近く過ぎた頃には、ゆっくりとはですが、自分で身体を起こしてから杖で
身の回りの用事ができるようになりました。(当然、尿瓶とはおさらば)
土曜日に僕が病室に入ると、学生姿の団体(4,5人)が父の周りを囲んで雑談に花を
咲かせていました。
彼らは顧問をしているテニス部員の面々でした。みんな顔を日焼けで真っ黒で毎日練習
に明け暮れているのがわかりました。
右側の台に大きな花束と果物カゴが置かれていました。父は結構部員から好かれている
のが理解できました。
さて、そうこうして1時間経つと、生徒たちは別れを告げて帰って行きました。

一転静かになった病室で僕は保険等の手続き説明をしました。
ほんの20分ぐらい経ったころでしょうか、一人の生徒が戻ってきました。
そこは団体部屋でしたが入院患者は父一人しかいません。何か忘れ物でもしたのかと
尋ねたら、いえちょっと先生に相談が、と顔を赤らめて立っていました。

先程までいた仲間の中で一番目立つ男前君です。身長も180はありそうで僕の目線は
ちょっとだけ上に向くぐらいです。
僕は自身の用事を済ますと、すぐに席を外しました。
少年は席に座ると、一冊の雑誌を手渡していました。

それから、30分ぐらいでしょうか、時刻も夕方5時を回っていて、帰りの電車を気に
する僕は挨拶だけして帰ろうと病室に向かいました。
ドアを開けると、妙に重苦しい空気を感じました。

父は押し黙ったまま、少年が渡した雑誌を捲っていました。
少年は僕の姿を見るなり、かなり焦った様子で父と僕を見るように交互に顔を動かして
いました。ですが父は落ち着いた様子で雑誌を見ていました。

どうしたの?と父に聞くと、父は、ああと頷くだけです。
僕は読んでいる雑誌を覗き込みました。そうしたら・・・

グラビア写真集のようでしたが、モデルは全員男性、しかもみんなかなりのマッチョ。
しかも、しかも、どの写真も全員裸、それも隠す物など何もない無修正ものばかり・・
手にある表紙を見ると英語表示で「BIG DANDY」。モロにGAY雑誌です。

先程の生徒の1人のものだそうだ。と父は落ち着いた口調で説明し始めました。
持ち主はテニス部キャプテン。彼が後輩の少年に手渡したそうだ。
その先輩がいきなりその雑誌を手渡したそうで、これは告白なのでしょうかと相談しに
来たのだということです。

僕はいきなりのヘビーな話に戸惑いましたが、頑張って冷静にコトを理解しようと努め
ました。君は興味があるかと聞くとわかりませんと一言だけ。
興味がなければ直ぐに断るべきだと言いました。(実際それしか言えないでしょ)

妙なプレッシャが全身を固く重くのしかかってきた感じを覚えました。
すると父は、これは単なるイタズラだと思わないのか?と聞いてきました。
わかりませんと返答。すると、これを笑いながら渡したか、真剣な顔で渡したかぐらい
は理解できただろ?。わかりませんの一辺倒。どうも妙です。

父は全部を見終わると、雑誌を布団の上に置きました。雑誌の裏表紙には大きく右に
曲がったデカ長いチンポを持った白人男性が腕を組んで立っている写真が写っていました

知っていたか・・
父はそう呟くと、暗い表情で僕の顔を見つめています。
その表情を見た瞬間、鈍い僕でも気付いてしまいました。
父とキャプテンの仲を・・。この少年にとって僕は計算外の人間だったのです。

父は雑誌に挟んであった写真を取り出しました。
デジカメで撮った2枚。合宿所の風呂場で撮った部員たちのフルチン姿と、キャプテン
らしき先輩と少年が肩を組んだものでした。
この雑誌は父が愛読していた雑誌をキャプテンに渡したものだったようです。

キャプテンはこの少年に興味が出たのでしょう。でも少年は父が好きだったようで・・
少年は以前父がキャプテンの股間を撫で回す光景を見たそうです。
その時に眠っていた性癖が目覚めたと語ってくれました。
いやあ、いやいや・・これって変態三角関係?と口走ってしまい。少年に睨まれてしま
いました。

その時僕自身の股間も大きく膨れ上がっていました。
ひょっとして僕も父と同じ癖があるのかなと思いました。
少年は父に告白に来たのです。ただ僕が居たから・・押し黙ってしまった。
僕は父にといただしました。父は隠して仕方ないと言い、GAY告白しました。

少年はポッと頬を赤らめました。
辺は閑散とした空気を感じました。
そして妙な興奮が支配し始めました。

僕は少年に初めてかと聞くと、キャプテンから手コキでイカされましたと告白。
僕は父の顔を見ました。穴の穴が大きく膨れていました。
お前はどうなんだと父。妻だけ、ノーマルだと答えましたが、強ばった表情から別の
感情を持ったなと悟られました。

看護師は後30分で来る。もう帰りなさい。父はそう言うと枕に頭を置きました。
その時普通に帰れば良かったのですが、僕は未知なる興奮を抑えきれなく、生涯最大の
冒険に打って出てしまったのです。
僕は少年が席を立った瞬間、さっと彼の股間を握りました。

驚いた少年は、ぱっと身を引きましたが、手の感触は思った通り、大きくなっていました
そして即座に父の布団を捲ると、父の入院着の股間部分が異様に盛り上がっているのが
すぐにわかりました。

溜まってちゃ身体に悪いよ、と僕は震えながら言いました。
3人全員狂ってしまった瞬間でした。

父は下着を脱ぎました。大きく反り返ったチンポに僕ら2人は息を呑みました。
おぞましいという感覚は皆無でした(狂っていましたからね)
父は手早く扱き始めました。僕は少年のズボンのチャックを下ろしました。
少年も急ぐように中からつまみ出してきました。

若い人らしい青臭い臭いと青筋立てた立派な巨砲です。
僕も男らしく取り出し、病室の中でそそり立った3本のチンポが並び立つ光景に、
僕も少年も息が荒くなってしまいました。

僕は自身の根元を握ると、そのまま父の鼻に突き当ててしまいました。
少年もおなじように持つと、父の口元に持っていきました。
父は口を大きく開けて2本そのまま向かい入れてくれました。
僕たちは腰を前後に動かしながら父の舌に擦り合わせました。
少年の生暖かい硬さを感じながら、父の頭を抑えながらこねくり回しました、

父はたまらずに両手で持つと自身の股間が手ぶらになりました。
僕は父の熱い竿を持って扱き始めました。
おうおう、という父の嗚咽と2人の吐く息の音。もう3人だけの世界です。

すごい興奮。恥ずかしいまでにあっという間にイキそうになりました。
少年も同様で、アアダメと何度も口にしています。
ああ出る出る出るう・・といとう僕らは一緒に父の顔にぶちまけてしまいました。

最後に父の始末は少年が竿を僕が玉袋をしゃぶりながら終わらせました。
凄い臭気で鼻が曲がりそうでしたが、少年は父の精液を全部飲み干してしまいました。
本当に父が好きなんだなと思いました。

後の始末はてんてこ舞いでした。父の顔を綺麗に拭き取ったのですが、看護師さんの
妙だ妙だと首を傾げたり鼻をこすったりするのを見てかなりドキドキしました。
かなりハードな1日でした。

親戚のオジサンに 投稿者:社会人1年生(10月12日(日)01時35分16秒)
僕のパパの弟にHをされました。オジサンはお酒が強く 最近は会った時はいつも
お酒の臭いがしています。先日久しぶりに会った時のことです。僕は従兄弟とは仲が
良くてお互いの家に行きよく遊んでいました。その従兄弟が去年バイク事故で亡くなり
お葬式以来オジサンの家に行かなくなり 先月パパと一緒に行く事になりました。
多分オジサンも従兄弟が亡くなってから お酒の量が増えてるのだとパパから聞きま
した。その日はオジサンの家に泊まる事になったので、僕は従兄弟の部屋で寝る事に
しました。僕はお酒が飲めないのでパパとオジサンは遅くまで飲んでいたので 先に
寝ることにし オバサンが何時でも寝れるようにしていたので 僕は1人で部屋に行き
仲良くしていた時の事を思い出しながらスマホを見ながら寝てしまった。何時頃かは
覚えていませんが、僕が目を覚ますとオジサンが僕の横にいました。と言うより 僕の
股間を触っていました。えっ?って思ったのですが 触り方が気持ちイイので 寝た
ふりをしていると オジサンは僕のチンポをフェラし始めたのです。さすがの僕も
我慢できず 少し声がでました。と同時にアッと言う間に オジサンの口にいってし
まった。翌朝帰る時にオジサンは一緒に旅行をしないか?と聞いてきました。パパも
行きなさい!と言い その場の雰囲気で はい!と答えてしまった。 旅行当日
僕はその日の出来事を考え どうしようかドキドキでした。 
旅行当日 オジサンはお酒もあまり飲まなかったので 今夜は何も無いだろう?と
思っていましたが、お風呂も食事も終わり 寝る時に従兄弟との色々な思い出を
話していると オジサンから驚きの事を聞きました。オジサンと従兄弟は特別な関係
だったと聞きました。僕もパパとは何度かあったので 兄弟揃って同じなんだと思い
びっくりしたのですが、なんとオジサンとパパまで関係があったようで こんな事って
あるのだと思いました。知らなかったのは従兄弟と僕だけでした。パパが行きなさい!
と言ったので、僕はオジサンとその日もHをしました。 オジサンとパパの体型は
そっくりで似ていないのは顔くらいですが、その日をきっかけに 変な関係が始まった
。オバサンもママも知らないので、僕は少し悩んでいます。こんな関係は良いのだろ
うか?勉強にも いまいち出来ません。でもこんな関係が続いています。 

ずっとだぁれたかった・・・ 4 投稿者:TK(10月11日(土)02時35分40秒)
俺が20歳の誕生日を迎える少し前、父親から
「母さんが亡くなったり、お前の受験とかでここ2・3年、慌ただしく、忙しく過ぎていったが
お前も二十歳になる事だし、親子二人でゆっくり旅行にでも行かないか。 
父さんとどこかに行くより、友達と行った方が良いかな。 お前が嫌なら強制はしないよ。」
と言われた。
俺が自分自身がゲイであることは十分過ぎるくらい自覚していたし、
前々からゲイ密度が最も多い街とも聞いたことがあるサンフランシスコに一度行きたいと思っていたので
「父さんと二人きりの旅行は全然嫌じゃないよ。 どうせなら海外。 
色んな映画の舞台にもなって、景色も綺麗だって言うサンフランシスコに行きたいな。」
と言ってみた。
決してゲイが多いからとは言わなかった。
すると父親は
「俺も前からあそこに行ってみたかったんだ。 お前の大学の夏休みは9月いっぱいだろ。
今年の父さんの夏休みは9月になってからとる事にして、それに合わせてツアーを探しておくよ。」
と、いとも簡単に話が進んでいった。
結局父親は9月の第二週の月曜日から10日間夏休みを取り、
その初日から1週間、俺と二人でサンフランシスコ旅行になり、残り三日間はお疲れ休みだと言っていた。
当初の予定では、地元の空港から成田まで飛んで、そこで乗り継ぎ、サンフランシスコへ。
そして帰りもサンフランシスコから成田、そして乗り継ぎをして地元の空港に着くことになっていた。
しかし、旅行会社の手配ミスで、往きの地元空港から成田への便の手配が出来ていないことが分かり、
月曜日の早朝から新幹線と成田エクスプレスを使って成田空港まで行くこととなった。
家を出たのが早かったせいか、仕事の疲れからなのか
父親は新幹線に乗るとすぐに眠ってしまった。
俺の肩に頭を預け、気持ち良さそうに眠っていた。
その父親の寝顔が、言葉にならないくらい可愛く見えた。
父親をつかまえて、『可愛い』なんてどうかとも思うが
実の息子が言うのもなんだが、俺の同級生の間では昔から、
甘い顔立ちの格好良い父親、として通っていたくらい、自慢の父親でもあった。
俺が大学生になる頃には、父親と出掛けると、兄弟と間違えられることも多々あるくらい若々しくもあった。
実際、19歳しか年齢差は無く、父親はまだ30歳代なんだから、若く見えて当たり前と言えば当たり前なのだが。
俺にもたれかかり眠っている父親の手を握ってみても、父親は全く様子を変えずに熟睡していた。
俺も父親の頭に自分の頭をあずけ、父親の手を握りながら小声で
「父さん、大好きだよ。」
と言うと、寝言なのか、父親は不意に俺の名前を口にした。
俺は思わず父親の顔を覗き込んだが、父親はまだ眠っているように見えた。
東京駅に着き、父親を起こすまで、俺はずっと父親と指を組むようにして手を握っていた。
慌ただしく成田エクスプレスに乗り込み、程なくして飛行機に搭乗、そして憧れの地、サンフランシスコに到着。
正午前に宿泊するホテルに到着したが、運良くすぐに部屋に案内された。
荷物を置いてすぐにホテルを出て、ケーブルカーに乗りフィッシャーマンズワーフに行き
そこで昼食をとった。
その後は地上を走るFラインと言う路面電車に乗り込み、その路線の終着地、
ゲイの街として有名なカストロに行った。
街を歩いている人達の中には、男性同士で堂々と手を繋いだり肩を抱き合って歩いているカップルも多くいた。
父親がそういう人達を見ながら
「本当にゲイが多い街なんだな。 歩いている男性全員がゲイに見えてくるよ。」
と言った。
俺は何も言わずに父親の手を取り、見かける男性同士のカップルのように手を繋いだ。
父親は握った俺の手を振り払おうとはせず、むしろ笑顔で
「まさか俺とお前がこうして手を繋いでいるの見て、誰も親子とは思わないだろうな。」
と言ってきた。
俺と父親はその手を繋いだまま舗道に面したオープンカフェに入って、ようやく食後のコーヒータイムとなった。
そのカフェを出てから、しばらくカストロの街を散策し、再びFラインに乗り、
ホテルがあるユニオンスクエア近くのパウエルで下車した。
夕食はホテルの部屋でゆっくりととることにしたため、ショッピングセンター地下でいろいろ買い込んでホテルに戻った。
外はまだ夕暮れ、と言った感じだったが、時計を見ると8時近くになっていた。
自宅でもそうだが、夕食前に風呂に入る習慣があったため、父親が先に風呂に入った。
自宅と同じようにTシャツとモッコリビキニだけの格好で浴室から出てきた父を入れ換わるように
俺も続いて風呂に入った。
そして俺の父親同様、Tシャツとモッコリビキニと言った格好で浴室から出た。
そのままテレビを見ながら、買い込んだ夕食を食べた。
食事後、父親はベッドの上の必要以上に多いクッションを背に両足を投げ出すようにして座った。
俺もほとんど離れていないように置かれたもう一台のベッドの上に、父親と同じようにして座った。
父親が急に
「お前は誰か付き合っている人はいるのか。」
とおもむろに聞いてきた。
俺は咄嗟に
「誰とも付き合ってない。 でも、好きな人はいる。」
と馬鹿正直に答えた。
そして
「父さんはどうなの。 母さんが亡くなって3周忌も過ぎたけど、誰かいるの。」
と聞き返した。
すると、父親は俺をなんだか淋しそうな目つきで俺を見つめ、そして手招きした。
俺は父親のその手の動きにに促されるように父親の横に行き、寄り添うにして座った。
往きの新幹線の時は逆に、俺は父親の肩に頭を預けた。
父親はそんな俺を退けるどころか、俺の肩をを抱き寄せた。
そして窓の外を見ながら
「ずっと前から好きな人はいる。 でも、俺のこの想い、なかなかそいつには伝わらないみたいだ。
いや、伝わらない方が良いのかもしれない。」
そう言いながら、一層強く俺の肩を抱き寄せた。
俺が父親の方から頭を外し、父親の顔を覗き込むと、父親は何も言わずに俺を見つめてきた。
どれくらい見つめあったままだっただろう。
父親は何も言わずにゆっくりとキスをしてきた。
そして俺がそれを受け入れると、父親はより一層な力で俺を抱き締めてきた。
父親とようやく唇が離れると、父親は悲しそうな表情で
「ずっとお前の事、大好きだったんだ。 実の息子に対して抱く感情ではない事は百も承知だ。
でも、この気持ちは紛れもなく、家族間の愛ではなく、恋愛感情なんだ。」
そう言うと、再び俺を抱き締め
「こんな父親でゴメン。」
と耳元で呟いた。
俺はそのままの格好で
「俺が好きなのは、誰でもない、今こうして抱き締めてくれている父さんだよ。 
ずっと前から父さんとこういう関係になりたかった。」
俺がそう言うと、父親は俺を見つめながら
「父さんでいいのか。」
と言ってきたので
「父さん以外の誰かは要らない。 父さんしか要らない。」
今度は俺から父親の唇をふさいだ。
そしてそのままベッドの上で横になり、俺が父親の上になると
小さなビキニからはみ出したビンビンに勃起している父親の逸物が同じようにビキニから飛び出ている俺の逸物と重なった。

ずっと抱かれたかった・・・ 3 投稿者:TK(10月11日(土)00時49分56秒)
俺が高校生になる頃には、父親がよく入っていた初代マンとかタロウのショーがあると
時間の都合をつけて足しげく見に行くようになっていた。
明らかに父親の影響で、ウルトラマンとかタロウのモッコリを目にすると
異常なくらい性的な興奮を覚えるようになっていた。
幼い頃に直で見たり、中学生の時、引っ越しの際偶然見つけた父親が入っているウルトラマンショーの写真のように
股間がはっきりと盛り上がってモッコリとしているウルトラマンを見ることは滅多になかった。
競泳パンツのモッコリにしてもそうだった。
俺自身もスイミングスクールに通っていた経緯もあり
父親と同じように泳ぐときは何時でも小さな競泳パンツを穿いていたが
同年代の男子が、どれほど競泳パンツの中の逸物の大きさとか形が分かりそうな競泳パンツを穿いていても
全くそそられることは無かった。
しかし、父親と同年代の男性のそういった格好を見ると、その男性の股間からなかなか目が離せなかった。
母親が亡くなる前の事だったが、自宅で父親と二人きりになった時
「どうして父さんは着ぐるみの股間にほぼクッキリと父さんのチンボの形が浮き出るような
タロウの着ぐるみに入るようになったの。」
と聞いたことがあった。
その時父親は
「テレビで初めてタロウを見た時、『なんて格好良いウルトラなんだ!』と心底思った。
それから雑誌等で昔のタロウの写真とか見るようになって、俺もいつかこういった格好良いウルトラになりたい、とも思っていた。
見た写真のどれもがそれまでのどのウルトラよりも中に入っている人のチンボの形がくっきり浮き上がっていた。
それが全く変に思えず、むしろ男らしいとさえ感じた。 
着ぐるみの中には当然男性が入っているのだから、モッコリして当たり前だし、
中に入っている人の体型に合っていなくて、ぶかぶかしているような見っとも無いしわが出てしまっているウルトラよりも
中に入っている人のチンボの形が浮き出てしまうくらいピッタリと密着した着ぐるみの方が格好良い、とも思った。
だから中学生くらいの時から体を鍛え始め、ガッチリした体型になって、必ず写真で見たようなタロウになるんだ、
とずっと思っていた。
その結果がお前が幼い頃よく母さんと見に来ていた、父さんが入っていたタロウであり、初段マンだよ。」
と説明してくれた。


ずっと抱かれたかった・・・ 投稿者:TK(10月10日(金)01時14分59秒)
その時初めて父親の逸物を生で見た。
俺は健康のためにと言う事で、幼い頃からスイミングスクールに通っていて
生徒達はボックス型かビキニ型の競泳パンツを選択できたが、
俺が幼い頃から家族3人で海に行く時にもレジャープールに行く時にも
いつも淡い色の単色のビキニの競泳パンツしか穿いていなかった父親に見習い
俺もスイミングスクールでも学校の体育の水泳授業でもビキニの競泳パンツだった。
ただその頃、父親が極小の競泳パンツを穿くとき、逸物を上向きにすると半分以上はみ出しそうなので、
いつも逸物は左に倒して競泳パンツを穿いていた。
そして父親が水から出ると、クロッチ内に収まりきらない亀頭部分が必ずと言ってよいほどクロッチからはみ出して、
水に濡れた薄い生地一枚になっている部分に透けて見えていることがあった。
また月に数回父親と一緒にスイミングスクールのプールに泳ぎに行ったりしていたが
スイミングスクールの更衣室で父親が着替える時はカーテンで仕切られた場所で着替えていた為
父親の裸は見たことは無かった。
中学生になって初めて生の父親の逸物を見た時、
当時の俺の逸物が勃起しても、萎えている状態の父親の逸物ほどの大きさにならない、
と見て分かるくらい立派に見えた。
重たそうな金玉袋はだらんと下がり、その垂れ下がった金玉袋の上に
雁首までしっかりズル剥けで、卓球玉くらいの亀頭が露出して、
竿も親指何本分かの太さがあり、垂れ下がっている玉袋よりも下まで下がっていた。
先に湯船に浸かっていた俺を見て父親は、逸物を全く隠そうともせず
「なんだお前が先に入っていたのか。 たまには一緒に入ろうか。」
みたいなことを言いながら、湯船に入ってきた。
俺がなかなか父親の巨根から目が離せないでいると
「そんなに父さんのチンボ、ジロジロ見るなよ。 そんなに見られたら父さんだって恥ずかしいよ。」
と言いながら、父親も俺の股間を見ていた。
俺はまだその当時、萎えている状態では完全に皮被りだったし
勃起しても亀頭の半分が出るくらいだった。
父親が先に湯船から出て、俺に背を向けてシャンプーして、続いて体を洗い始めた。
すると父親が
「たまには父さんの背中でも流してくれよ。」
と言ってきた。
俺は父親が湯船から出るとすぐに勃起し始め、父親にそう言われた時には完全に勃起していた。
父親にそう言われて何も行動を起こさないと変に怪しまれるし、
後ろから背中を洗うだけなら、勃起している俺自身の逸物も見られることは無いと思い
父親の言葉に従った。
背中に石鹸の泡を立てながら洗い始め、俺は手が滑ったふりをして父親の股間に手を伸ばした。
腰を下ろして背中を流していて後ろからでは見えなかったが、父親の逸物も勃起していた。
俺が父親の勃起している逸物に触れたその瞬間、父親は俺の手を瞬時に取り
「お前も勃起しているんだろ。 さっき見えたよ。」
そう言うと、体の向きを変え、俺の方に体を向けた。
さっき見た時はだらんと垂れ下がっていた竿が、
亀頭の先端が臍に付きそうなくらい緩やかに弧を描きながら、
さっきよりも数段太く長くなっていた。
俺が思わず
「父さんのチンボ、勃起してなくても大きいと思ったけど、勃起するとこんなにでかいんだ。 だから、父さんが入っていたウルトラマンもタロウもあんなにモッコリしてたんだ。」
そして矢継ぎ早に
「勃起している父さんのチンボに触ってみたい。」
と言うと、「あぁ、いいぞ」と言ってくれ、
俺は勃起している父親の巨根を握ってみた。
すると父親は俺に
「オナニーをしたことはあるのか。」
と聞いてきた。
俺は正直に、「まだない」と言うと、父親は泡だらけの手で
俺の勃起している逸物を握り、ゆっくり扱きながら
「勃起してもまだ完全に亀頭が露出してないのか。 ちょっと引っ張るけど、すぐに気持ち良くなるからな。」
と言って、ゆっくりと俺の亀頭を完全に露出させた。
そしてその後すぐに俺は勢いよく射精した。
その精液は父親の顔を直撃した。
これまでに感じたことのない感覚に襲われたと思った瞬間、
脳天を突き抜けるような快感と共に射精した。
父親は嫌な顔一つしなかったし、顔に付いた俺の精液を拭い取る事もしなかった。
俺が
「父さんも同じように精液が出るんだよね。 俺が出してやるよ。」
そう言いながら、俺は父親の逸物を、今父親がしてくれたようにゆっくりと扱き始めた。
父親は俺を抱き寄せ、俺の耳元で喘いでいるのが分かった。
握りながら扱いている俺の中で父親のいきり勃った逸物が脈打つのが分かるほどだった。
俺が下を向いて父親の逸物を見たその時、父親の逸物の先から精液が俺のかめがけて飛び出した。
父親の顔には俺の精液が、そして俺の顔には父親の精液がしっかり付いていた。
その後、石鹸でもう一度体中を洗った。
その後湯船に二人で浸かった時、
「俺はこれまでにない気持ち良さだったけど、父さんも気持ち良かったの。」
と聞くと、無言で俺を抱き寄せ、耳元で
「すごく気持ち良かったよ。 でも、このことは絶対に母さんには言うな。 俺とお前だけの秘密だ。」
と言われた。
俺は大きく頷いた。
俺はそのことが始まりで、オナニーを覚えた。
オナニーするときは、時折風呂上りにTシャツとビキニの下着だけの格好でいる父親のモッコリを思い出しながらだったり、一緒にプールとか海に行った時の逸物の形クッキリの競泳パンツ一枚だけの写真を見ながらだったり、偶然に見つけた父親が着ぐるみ入るアルバイトをしていたときのほぼ裸に近い格好でいるバックステージでの写真を見ながらだったりで、必ず父親に抱かれることを思い浮かべるようになっていた。
しかし、つい最近まで、俺が二十歳なるまで、父親と、昔風呂でやったようなことは起こらなかった。
その間にも俺は父親に対してどんどん思慕をつのらせていった。
特に母親が亡くなってからは、日増しに父親に対しての恋愛感情は強くなっていった。
そんな思いを知ってか知らずか、母親が亡くなってからと言うもの、二人で泳ぎに行こうと誘われたり、二人で出掛けようと誘われたりすることが多くなっていった。
自宅に居る時でも、女性である母親の目が無くなったためか、風呂から出ると必ずTシャツとモッコリビキニだけと言う格好でいるようになった。
俺は今にでも飛び掛かって、父親と抱き合いたいという思いを堪えるのに必死だった。


ずっと抱かれたかった・・・ 投稿者:TK(10月9日(木)22時57分37秒)
俺は二十歳の大学生。
39歳の父親と二人暮らし。
母親は俺が高校二年時に亡くなった。
父親が大学生で、年上だった母親は既に幼稚園に勤務していた。
俺が生まれるとすぐに3人での生活が始まり
父親は大学に通う傍ら、平日の講義の後はほとんど毎日飲食店で、
そして週末と祝日は高校生の時から続けていた着ぐるみに入るアルバイトやって
大学の学費以外の生活費を母親の給料と父親のアルバイト代で遣り繰りしていた。
父親は大学を卒業して今も務めている某食品会社に勤め始めたが
それと並行して卒業してからの2・3年は着ぐるみに入るアルバイトを続けていた。
よくウルトラマンショーに出ていて、父親はもっぱら初代マンとかタロウに入っていた。
母親はよく俺を父親が入っていっるウルトラマンショーに連れて行ってくれたが
当時は父親が、俺がじゃれついていたタロウとかに入っているとは思いもしなかった。
中に父親が入っているとは当然分かっていなかったが、
俺が駆け寄るのはいつも父親が入っているウルトラマンとかタロウばかりだったと
父親と母親に、後になって不思議そうに言われた。
父親が以前ウルトラマンとかに入っていたことを知ったのは、
俺が中学のとき今の家が建って、引っ越しの際、父親のアルバムがふと目に付いた時だった。
ウルトラマンショーでのバックステージの写真が数多くあり
ビキニパンツ一枚で着ぐるみに入ろうとしている写真や、着ぐるみから出た後なのか、
大汗で濡れたのか、薄いビキニパンツの生地が父親の逸物に張り付いて、
くっきりと形が浮き出てたまま、大の字で仰向けになっている写真も沢山あった。
今でも父親の下着はすべてビキニだし、週に数回い泳ぎに行くときに穿いているのも
昔ながらの小さな競泳パンツで、当時のバックステージでの写真にも極小の競泳パンツを穿いているものがあった。
父親の体型が結構筋肉質でガッチリ型だったためか
父親が入っていた初代マンもタロウも、着ぐるみがぴったりと中に入っている父親に密着していて、
一緒に出ている他のウルトラマン達よりもモッコリが目立っていたのはなぜかよく覚えている。
引っ越して間もない頃、俺が先に風呂に入っていることに気付かず、父親が入ってきた。

剣道父さん 投稿者:UJ(10月7日(火)00時32分44秒)
続き、楽しみにしています。

 投稿者:x(9月25日(木)20時57分01秒)
相撲奉仕もありだな

 投稿者:ス(9月25日(木)20時56分10秒)
逶ク謦イ螳カ譌上b縺ゅj縺縺ェ

剣道 投稿者:?(9月24日(水)23時56分43秒)
褌剣道いいね

 投稿者:ス(9月24日(水)23時55分44秒)
蜑」驕鍋宛シ
隍後°繧峨■繧薙⊃縺縺縺ュ