近親相姦―親父と息子―



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父 V 投稿者:貴文(12月20日(土)22時46分53秒)
のっけからどう見ても未だ20代であろう、若い頃の父親がasicsの白のハイドロCDだけを穿いて
腕を組んだり、腰に手を当て股間を突き出すようなポーズを取ったりしている画像がコマ送りで流れた。
画像のほとんどが明らかに勃起しているのが分かるもので、
逸物を斜めにしておさめていたり、真っ直ぐ上向きにしてあったりしていたが
そのどれもがウエストの紐のすぐ下まで膨張しており
今にでもウエスト部分からいきり勃った逸物が飛びそうな画像だった。
中には勃起していなさそうな画像もあったが
ハイドロCDの股間の裏布を取り外してあるようで
萎えた状態であろう逸物でも、ズル剥けの雁首のラインとか亀頭の形ははっきり浮き出ていた。
画像のコマ送りが終わると、
いきなりもう一人のハイドロCDを穿いた男性と隆起した股間を擦り付け合いながら
濃厚なキスをしながら抱き合っていた。
そして父親からもう一人の方のハイドロCDを下し、
あらわになったその男性の逸物をフェラし始めた。
しばらくして入れ替わり、今度は父親がフェラされ始めた。
結構長い間父親はフェラされ続け、とうとうフェラしていた男性の口の中で射精した様子で
精液の塊が数滴、勃起したままの父親の逸物と、その男性の唇の隙間から滴り落ちた。
それで画面が切り替わり、父親が仰向けで腰を浮かすように両足を持ち上げられ
もう一人の男性と父親のアナルセックスの始まりだった。
まさかとは思ったが、父親はその男性の堅くなった逸物を受け入れた。
結合している部分もしっかり映っていた。
父親の表情は苦しそう、と言うよりもむしろ感じているように見えた。
実際父親の逸物は、尻を突かれている最中でもビンビンに勃起していた。
ピストン運動をしていた男性が父親の尻から逸物を抜き父親の腹の上に射精したのと
父親が尻を突かれながら自分で扱いて自分の腹の上に二回目の射精をしたのは程同時だった。
ぐったりとした父親の腹上には、二人分の大量の精液が溜まっていたが
父親の尻を突いていた男性はそのまま父親の上に覆いかぶさり、
二人の腹の隙間から精液が床に零れ落ちる前に互いの体に塗りたくりながら
再びキスをし始めた場面でテープは終わった。

それぞれ30分ほどの長さだったが、
見終えた後、かなり僕の頭の中は混乱していた。
すると父親が長風呂からようやく出てきた。
母親が実家に行く前は、風呂から出た後の父親は必ずパジャマとかスエットを着てから居間に来ていたが
僕と二人きりになってからはずっとTシャツとビキニだけの格好で居間に来るようになっていた。
その日もTシャツと実際透けてはいないが、透けそうなくらい薄い生地の水色っぽいビキニだった。
当然ビキニには父親の逸物の形はしっかり浮き上がっていて
特に雁が張っているのか、雁首のラインというか亀頭の形というか、そのラインははっきり出ていた。
正月早々、想像もしていなかった凄いものを見てしまったようで
風呂上がりの父親の顔がまともに見られなかった。
と言うよりも、ビキニに浮き出ている逸物の形ばかりにやたらと視線が行ってしまい、
男性とフェラし合っている若い頃の父親の顔が頭の中から消えなかった。
僕はそそくさと風呂に入った。
風呂の入りながら僕はずっと考えていた。
あのビデオはいつ頃撮影されたのか。
母親と結婚する前なのか。
今でも母親に隠れて他の男性とああいった行為をしているのか。
父親はやはりゲイなのか。
等々、そんな事がずっと風呂に入っている間中僕の頭の中を駆け巡っていた。
確かに父親は40代半ばになってもウルトラマンの着ぐるみに入っても全然おかしくないくらい
均整のとれた体型をしているし、当時は多分誰が見ても30代後半にしか見ないくらい若々しかった。
若く見えるのは今も同じで、今年で5?歳になるが、今は週に一・二度父親と一緒に泳ぎに行っても
親子だと言われたことが無かった。


父 U 投稿者:貴文(12月20日(土)19時13分56秒)
ウルトラマンタロウが表紙のVHSの内容は・・・
最初はどこかの催事場なのか、ウルトラマンタロウが来場者の子供達と一緒に写真を撮ったり
握手をしたりしている光景でした。
でもその時すでにウルトラマンタロウの着ぐるみはかなり傷んでいるのが分かるくらいの状態でした。
中に入っている人と着ぐるみのサイズがぴったりなのか
中の人の体型に対し着ぐるみが小さいのか
見るからにパツパツの状態で、立っている時もしゃがんでいる時も
着ぐるみに余分なしわは無く、入っている人のボディーラインがはっきり出ているのは勿論
膝とか肘の部分も擦り切れていたり、着ぐるみの生地の縫いあわせの部分も裂けている部分があり
太腿上部の足付け根あたりとか、胸板の下のあたりが結構大きく裂け
中の人の肌がまともに見える場面もあった。
すると場面が急に変わり
ウルトラマンタロウが大の字で両足を開き、両腕も広げて上に上げた状態で
手首足首を壁に縛り付けられている場面になった。
その時のウルトラマンタロウの着ぐるみも傷んで中人の肌が所々見えている物だった。
その状態のまま、サングラスをした男性が二人出てきて
大の字で縛り付けられているウルトラマンタロウの体中を撫でまわし始めた。
ただでさえパツパツの着ぐるみで中の人の逸物の向きとか長さが分かるくらいだったのに
中に入っている人は着ぐるみ越しながら股間を中心に全身を隈なく撫でられ
見る見るうちにウルトラマンタロウの股間には中に入っている人の逸物が勃起してきているのが分かるようになっていった。
そして中の人の大きく勃起した逸物をなぞるように執拗にウルトラマンタロウの股間を撫でまわしていた。
VHSの音声にはその時の中の人が喘いでいる声も一緒に録音されていた。
そしてこともあろうことか、サングラスをかけウルトラマンタロウを撫でまわしていた一人が
太腿上部の着ぐるみの裂け目から一気に着ぐるみの縫い合わせに従って上に向かって裂き、
ウルトラマンタロウの着ぐるみに入っていた人の下半身があらわになった。
あれだけくっきりと中に入っていた人の逸物の形が浮き出ていたんだから
当然と言えば当然の如く、
中に入っている人はインナーとか下着は穿いておらず
着ぐるみが裂かれると、汗が先走りか
濡れた状態でビンビンに勃起して天井を向いている逸物が、一切のぼかし無しで画面に映った。
中に入っている人のかなり大きい逸物を、サングラスをかけた男性二人が交互にフェラし始めた。
しばらくするとウルトラマンタロウは大の字で縛り付けらていた状態から解かれ、
うつ伏せで床に横になった。
そして男性二人が背中のチャックを開け、ぐったりとしている中に入っていた人を
ウルトラマンタロウの着ぐるみから完全に出した。
着ぐるみを脱がしている場面は後ろからの撮影で、
その間、中に入っている人の顔は一切見えなかった。
一旦は全裸でうつ伏せで横にされた中の人が仰向けになった時
さっきまであれだけ勢い良く勃起していた逸物が平常の萎えた状態に戻っていた。
それでも亀頭の下までしっかりと皮は剥け、だらんとなっていても結構な大きさだった。
男性一人が再びフェラを始めると、あっと言う間に先程と同じように勃起してきていた。
それまで首から下しか映されていなかったが
もう一人がいつの間にかビキニの下着一間の格好になり、
ビキニから勃起した逸物がはみ出しそうになった自分の股間を、
素裸で仰向けになってフェラされている中に入っていた人の口に近づけた。
そしてすぐにビキニから勃起している自分の逸物を出し、
中に入っていた人にフェラさせ始めた。
その時初めて中に入っていた人の顔全体が映し出された。
僕は一瞬自分の目を疑った。
モッコリが目立つ傷んだウルトラマンタロウの着ぐるみに入り子供達の相手をして、
男性にフェラされ、ビンビンに勃起して
男性の逸物を音を立てながらフェラしているその人は
何年か前の、若かりし頃の僕の父親だった。
呆気にとらて見入っていると、父親がフェラしていた男性が父親の口から逸物を抜き出した瞬間
その男性は父親の顔全体を覆い尽くすくらい大量の精液をぶちまけた。
そしてその男性はまだ萎えてこない自分の逸物で
父親の顔に自分が射精した精液を塗りたくるようにのばし
かなりの量の精液を父親の口に流し込んで、父親はそれを飲み込んでいた。
首まで精液にまみれ、父親が自分で自分の逸物を扱き、射精したところでVHSは終わった。

女好きだと思っていた父親がこんなビデオに出ていたなんて夢にも思っていなかったから
ただただショックと言うか、何も考えられなくなっていた。
父親はまだ風呂から出てきていなかった。
僕はもう一本のVHSを見るのが怖いような気もしたが
続けてもう一本も再生し始めた。


 投稿者:貴文(12月20日(土)16時51分36秒)
10月に書き込みをしているTKさんの父親とよく似た父がいます。
僕の父親も大学生時代、着ぐるみに入るバイトをしていたし、
僕が生まれる前からずっと週に数回はスポーツクラブのプールに泳ぎに行っています。
僕の父親もTKさんの父親同様、プールで泳ぐときは
昔ながらの小さなビキニ型の競泳パンツを穿いています。
ただ僕の父親は、結局バイトの延長線上で大学卒業後に就職したのも
着ぐるみに入るバイトをしていたイベント会社で
50歳を過ぎた今でもイベントが重なって人が足りない時は
急遽ウルトラマンに入ってステージをこなしているみたいです。

僕が父親を初めて性的に意識したのは高二の時でした。
父親と同級生の母親が45歳で妊娠していることが分かり
高齢と言う事もあり、その時は周囲から出産に反対されたそうです。
僕はそれまで一人っ子だったので、母親が出産すると決めた時は
弟か妹が出来ると思い、すごく喜びました。
でもやはり高齢のためなのか、母親は妊娠中が判明してからずっと体調が芳しくなく
母親のお腹が目立ってきた頃、母親は隣県の実家に戻り
出産まで実家にいることになりました。
結局母親は正月も実家で過ごしたので、家では必然的に父親と僕の二人だけの生活になりました。
と言っても僕はその頃、地元ではちょっと有名なレストランみたいなところで
普段の学校帰りにウエイターとしてバイトをしていたので
当然のその冬休みも連日のようにバイトに勤しんでいました。
ただ元日だけはバイトも休みだったので
元日に父親と二人で、母親がいる実家に新年の挨拶をしながら、母親の様子を見てきて
その後は二人とも家でゆっくりとすることにし、
僕は年末にやり残した家族共有のウォークインクローゼットの中の整理をやり始めました。
その時です、クローゼットの奥の方に合った箱の中から
明らかにゲイの人達が購入対象であろう競泳パンツ姿の男性ばかりが表紙の写真に写っているビデオテープと
着ぐるみがいたんで、ところどころ擦り切れて中の人の肌が見えてしまっているウルトラマンタロウが
仁王立ちしている写真が表紙になっているビデオテープが出てきました。
そしてそれらと一緒に、若い頃の父親がasicsの白のハイドロCDという、
極薄で濡れると中の逸物がほとんど透けて見えてしまう競泳パンツ一枚の姿で
腕を組んだりして写っている写真も何枚か一緒に出てきました。
その写真の大半で父親の逸物は見るからに勃起しているのが丸分かり状態で写されていたんです。
僕の部屋にあるテレビではVHSは見られないので
居間のテレビには昔撮ったビデオが見られるようにVHSの再生機も繋いであったので
夜、いつも長風呂の父親が風呂に入っている間に
いたんだ着ぐるみのウルトラマンタロウが表紙になっているVHSから再生し始めました。


その後 投稿者:佳彦(12月18日(木)02時19分25秒)
以後の経緯を書きます。

父が部屋に入ってきたのは書き込みから2時間後の深夜1時過ぎでした。
母は既に寝入っていました。
父は上半身パジャマで下はトランクス一丁という出で立ち。
トランクスの中心は大きく膨らんでいて、もう何も語らずとも意は十分に判りました。

父は福丸さんの意見に深く感じたと言ってます。
勿論私もです。
ですが、私は父と違って、愛情、思慕といった感情は湧き上がって来ません。
ありえない、考えられない、想像外の出来事にぶつかって混乱しているだけなのです。
ただ、その混乱に興奮を覚えたのは間違いありません。

一ヶ月以上経ってここに書き込んだ以上、異次元の性的興奮に犯され続けているのは
やはり男性との交わりも心のどこかでイイと思っているからだと考えているからでしょう
でも・・でも・・・父親ですからねえ。

私は上記の気持ちを伝えました。
父は一緒にオナろうと言いました。
私は同意して父と一緒にDVDを鑑賞しながらシコシコ始めました。
オカズには北原夏美の無修正を使用しました。

父と一緒にシコるのは結構シュールでしたが、まあまま興奮は高まりました。
やはり男好きの一面が私にもあるのでしょうね。
父がシュッシュと一往復するのに対し私は二往復。北原夏美のデカパイを見ながら
だったのが、いつの間やら父のチンポを見ながらシゴいている自分に気付きました。

父の興奮も大きかったのか、かなりの剥け具合と反り方にフィニッシュが近い感じで
前までの遅漏感がありませんでした。
画面では夏美のバックからの尻がアップになっていて男の抜き差し状態を拝めるシーン
でした。
父がイイケツだというと、私は尻のアナに入れたいんだろうというと、そうだと返事が
ありました。
父の両ひざがすすっと前に近づいてきました。
私はやはりというか何というか、父の股間の方に砲銃を向けました。

ああイク・・夏美〜と呻くとそのまま父のちんぽに向けて射精しました。
父も遅れて・・私の股間にドロっとした精子をぶっかけてきました。

父との最初の行為でした。
私は拭き取りの時に、こんな感じならいいよと言いました。
父はわかった、ありがとうと言ってくれました。

性交は正直したいという気持ちはありましたが、今はいやだと言いました。
父に書き込むがいいかと聞くと、首を縦にふってOKでした。

現在フェラ抜きをさせています。
僕からは一切何も言いません。ですから父の好きタイミングでフェラさせています。
父は僕を仁王立ちさせフェラするのが一番興奮するとのこと。

私が寝る直前に布団の上に寝そべっていると、そのままフェラされたり。
椅子に座って本を読んでいる間、下でフェラされたり・・・
私のを飲んで貰ったり、顔に掛けたりと好き勝手にやられています。

フェラ奴隷だねと言うと、父は満面の笑みで浮かべていました。
また何かあったら書き込みます。
ではおやすみなさい。

50年も、、、 投稿者:正伸(12月15日(月)06時21分18秒)
思い出さん!すごく良かったです!堪らず抜きまくりました!
他にもエピソードあったらたくさん読みたいです。
期待して待ってますのでよろしくお願いします。

私も 投稿者:福丸(12月12日(金)20時43分09秒)
思い出さん、思い出って簡潔には書けないものだと思います。
私も妄想してつい手が・・・・いじりまっした アハハ
ただ、区切った方が読みやすいと思いますよ。
もっと、読みたいです。 

50年も・・・ 投稿者:ほう(12月12日(金)01時29分37秒)
思い出を楽しく、そしてワクワクしながら拝見しました。
実の父親と・・・羨ましいですね。

申し訳ありません 投稿者:思い出(12月11日(木)23時39分32秒)
定年後に特に趣味もなく、最近覚えたパソコン
で昔を思い出しながら書きました。
長々と申し訳ありません。

私も 投稿者:島好き(12月11日(木)23時26分10秒)
すごく良かったです。
古き良き日本の文化がどんどんなくなっていく中、このように伝えていってほしいです。

いやいや… 投稿者:トリス(12月11日(木)22時41分20秒)
長いと感じた人もいたのかも知れませんが、丁寧に描写されていて読みごたえがあって良かったですよ。


あまり 長いとっ 投稿者:クリ(12月11日(木)21時10分25秒)
読む気になれないです。・
せっかく書いてもらっても ・・。
簡潔にお願いします。

50年も昔のこと2 投稿者:思い出(12月11日(木)16時02分49秒)
下宿の隣の部屋には別の離島から来ている一つ上の先輩が2人で部屋を共有していまし
た。年が違うとはいえ、離島出身同士、すぐに仲良くなりました。その離島にも同じように若衆宿があるらしく、そこでも男同士でセンズリし合うみたいなことを聞きました。
打ち解けてすぐのことでした。夜中に襖の向こうからただ事ではない押し殺した声が
聞こえ、男同士の経験のある私は、その声の発する行為がわかりました。襖の隙間から
覗くと先輩2人が69の真っ最中。それを見ながら若衆宿での快感を思い出し、ついつい
私も仲間に入れてほしいを襖を開けましたが、別の島の男とやるのはいけないと断られ、
毎晩のように声だけきかされるようになり、昼間は新しい生活が楽しいものの、夜は
島が恋しくて仕方ありませんでした。
だから最初の夏休みに島に帰ったときは、それこそその晩に若衆宿に泊まるのが楽しみ
でなりませんでした。酒の宴が必ずあるとは限りませんが、島に残った修ちゃんと2人
ならやれるはわかっていたので本当にワクワクしていたと思います。
しかし帰ってみると修ちゃんは昼間には会ったものの、夜は用事があるといって会えま
せんでした。聞くと彼女ができて夜に会うらしいのです。取り残された私は仕方なく
家に残り、ふて寝しました。
夜中、親父が酔って私の部屋に来ました。私が帰省したので祖父母も含めて食事をし、
酒も相当飲んでました。酔った親父は私の布団にいきなり入り込んで私のチンコを
触り出しました。親父とやったのはあの時の初めての体験のときだけですし、あの
ときは男たち全員での行為だったからかそんなに抵抗はありませんでしたが、2人
だけでとなると本当にいいのかという思いがよぎりました。しかし勃起した股間は
その背徳感をも捨てさせました。2人して声を殺して全裸で絡み合いました。
そして初めて親父のチンコにしゃぶりつきました。これまで若衆宿での行為が集団
センズリならこれこそが男同士のセックスだと思いました。それくらい親父の愛撫
は気持ち良く、私も親父に気持ち良くなってほしくて応戦しました。結局その晩、
私は何度も射精しました。
その夏休み中、漁の手伝いをしながら、毎晩のように親父としゃぶり合い、時々、
若衆宿での飲み会に参加してはそのまま泊まってみんなとやるという毎日を過ごし
ました。そして若衆宿の先輩に紹介してもらった年上の女性(隣の村の後家さん)
とセックスしたのもその夏のことでした。
後ろ髪引かれながら島を離れ、次に帰ったのは春休みでした。正月休みを楽しみに
していましたが、その年の年末は時化で船が出ず、下宿での新年を迎えたのですか
ら、春休みの帰省をどれだけ楽しみにしていたことか。
その日は親父との交わりを楽しみにしていましたが、若衆宿で宴会が開かれる日で
あり、私も修ちゃんも久々に揃って宿で酒を飲みました。
その日はこれまでで一番多く人が集まっていたと思います。普段は結婚した男は
参加しないのですが、私の親父も修ちゃんの親父さんも、他にも何人かの結婚した
男も参加してましたし、後輩もいました。
いつものように宴会が始まり、皆がそこそこ酔う頃に焚き木が沢山燃やされました。
春まだ寒いので宿を温めようとしてるのです。これから始まる本当の宴の準備である
ことがわかりました。それからは阿鼻叫喚の快楽絵図でした。20人くらいの男が
あちことでそれぞれ始め出したのです。そして驚いたのは、修ちゃんが私の親父と
69をやり始めたことです。しかも初めてではない様子で名前を呼び合いながら
2人だけの世界に浸っている感じでした。私は別の男としごき合いしながら嫉妬に
近い感覚で見ていました。そしてもう一つ驚いたのは、数組がアナルセックスを始め
たことです。これまで何度も若衆宿での行為はありましたが、その全ては相互センズリ
とかしゃぶりあいでした。男同士のアナルセックスの様子とその喘ぎ声の凄さに体中
がゾクゾクしました。女のマンコよりも気持ちいいと聞こえる声に、既に女性を経験
して、あれほど気持ちいいマンコよりも男の尻が気後いいのかと、早くやりたいと
じらされたように見入っていたのを覚えています。
ふと気づくと、親父と修ちゃんもアナルセックスをしていました。親父が修ちゃんに
組み敷かれ、親父は激しく呻いていました。人生で一番嫉妬した瞬間でした。
2人は口づけしながら名前をまた呼び合っていました。今でも忘れられない瞬間です。
私の咄嗟の行動は、修ちゃんを押しのけることでした。床に転がった修ちゃんをしり目に
私は親父に覆いかぶさると、親父のアナルに自分のチンコを突き入れました。
女のマンコより気持ちいいのは本当に事実でした。私は野獣のようになって腰を動かし
ました。親父に抱き付きながら、耳元で親父の悲鳴のような喘ぎ声を聞いていました。
しかし次に悲しい情景が目に入りました。親父の顔を見たら、私に突かれて喘ぎなが
らも、目はしっかりと修ちゃんを見てるのです。修ちゃんも親父を見つめていました。
嫉妬に狂ってながらあまりの快感に親父の中に放出すると、それを待っていた修ちゃん
が親父に抱き付きました。すると今まで以上の喘ぎ声を出してまた名前を呼び合っう
のです。放出したばかりなのに勃起が収まらず、周りを見渡すとあちこちでアナル
セックスの真っ最中です。これまでは乱交というか、みんなでセンズリしゃぶりあい
的な雰囲気でしたが、この状況はそれぞれの組合わせが同じ場所でやり合っている
というものでした。組み合わせにあぶれた私は、今射精したばかりだというのに、
人のセックスを間近でみながら自分でセンズリしていました。
疲れ果てて皆が雑魚寝する中、私は修ちゃんに聞きました。親父との関係を。
想像どおり日常的に関係があるとのことでした。そして若衆宿のみんなもこの半年で
アナルセックスをやるようになったことも聞きました。きっかけは親父と修ちゃんが
宿でやってたかららしいのです。親父たちの時代には若衆宿でのアナルセックスも
普通にあってたようですが、その後のはしゃぶり合いくらいしかやらなくなったよう
でしたが、それを復活させたのです。
春休みは短いものですが、次の日から毎日、夜になると親父にアナルセックスを要求
しましたが、絶対にやらせてもらえませんでした。
親父との関係はそれだけです。最初のフェラと最初のアナルだけが親父との経験です。
親父と修ちゃんの関係はその後も続いていました。
私は高校を卒業して就職し、完全に島を離れました。実家もなくなり、今は墓がある
だけです。弟も島を離れています。修ちゃんはそのまま島に残り、墓参りに島に渡る
ときに会うだけです。
そもそも年齢には勝てず、島に行くことも容易ではありません。
若衆宿も私が就職してから取り壊されました。だから弟は若衆宿のことは知りません。
いずれにしても全てが昔々のことです。

50年も昔のこと 投稿者:思い出(12月11日(木)13時56分36秒)
もう50年も前のことです。
私は離島の小さな漁村で生まれ育ちました。昭和の中頃のこと、今とは随分と違う暮らし
で、まだまだ古い文化も残っていました。漁師たちが集まる若衆宿もその一つです。
若衆宿とは、若い漁師(基本的には未婚)の溜まり場のような場所で、男たちが漁の
支度をしたり、酒を飲んだり、そしてそのまま泊まり込んだりしていました。
子どもの頃から若衆宿周りで遊んではいましたが、夜は近づいてはいけないと親から
言われてました。酒飲んだ男たちが喧嘩するから危ないと言うのが聞かされた理由で
したが、現実は異なり、酒を飲んで興が乗ると、男同士でセックスをすることがある
から子供たちは行ってはいけないというのが本当の理由でした。
今の時代からは考えられませんが、当時の若衆宿は、それこそ男たちの性教育の場で
した。私自身、センズリを教わったのも若衆宿でした。
中学に入り、私と、私の同級生の修ちゃんは漁の手伝いを本格的にするようになり、
若衆宿にも出入りできるようになりましたが、実際には酒も飲めない私たちにとって
は特に楽しいこともなく、センズリの仕方を教わったくらいで、泊まるようなことは
ありませんでした。
中学2年になってすぐの初夏のことだったと思います。修ちゃんと2人で夜に蟹を
取りに磯に行ったとこのこと、若衆宿にほのかな灯りが見えました。灯りといっても
宿内での焚き木による灯りなんですが、誰がいるのだろうと修ちゃんと宿に近づいて
扉の隙間から中を覗き込みました。するとそこには私の親父と修ちゃんの親父さんが
全裸で絡み合う姿がありました。このときの驚き様はありませんでした。男女が交わる
ことは既に知っていましたが、男同士の交わりについては全くの無知でしたし、ホモと
かの概念や知識もありませんでしたが、それが嫌らしい行為であることはわかりました。
修ちゃんと2人して固まったようになり、そして取りつかれたように見入ってしまいま
した。私の親父も修ちゃんの親父さんも当時まだ30代中頃でしたし、漁師としての体
つきでしたから火の光に写る姿は神々しいものがありました。
2人のこの世の物とは思えないような喘ぎ声を聞き、射精したことが分かりました。
修ちゃんとはその場から逃げるように帰って、その日以降、この日に見たことは一切
話題にもしませんでした。

中学3年になって、学校の休みの日は本格的に漁の手伝いをするようになり、
若衆宿でも酒を飲まされるようになりました。
まだまだ酒を飲み始めたばかりですので、飲むとすぐに寝てしまい、その日も宿に
そのまま泊まりました。その日、泊まったのは私と修ちゃん、私の親父と数名の
独身者でした。夜中に目が覚めると驚く光景が繰り広げられていました。
部屋にいる男たち全員が全裸でしごき合いやしゃぶり合いしていたのです。最初は
何かわかりませんでしたが、暗さに慣れて男たちの喘ぎ声を聞いてはっきりと分かりま
した。私の横で寝ていたはずの修ちゃんはと言えば、私の親父にチンポをしゃぶられて
悶絶していました。あっけにとられながらも勃起してしまい、ただ茫然と眺めている
と、それに気づいた私の親父が今度は私のチンポに手を伸ばし、いきなりしゃぶりついて
きました。初めてのフェラが親父でした。そしてそれはそれはセンズリとは比べようも
ないくらいの快感でした。あまりの気持ち良さに背徳感も何もなく、気づくと差し出され
た先輩たちのチンコを咥えていました。
その日から、若衆宿で酒盛りがあると何が行われるのか知るようになり、男たちだけの
行為にのめり込むようになりました。
親父が若衆宿で飲むことはその日以降はありませんでした。
中学卒業の間際、母が亡くなり、決まっていた高校進学もどうするか悩みましたが、
親父の強い勧めで進学のために島を離れることになりました。祖父祖母が隣接して住んで
いたので、親父とまだ小学生の弟の2人暮らしでも心配はいらないという親父の言葉に
涙しながらの別離でした。
高校では何から何まで新しい生活でした。同じように様々な離島から進学してくる生徒の
ための下宿から学校に通いましたが、やりたい盛りの中学の1年半を男同士の乱交で放出
してきた私としては、センズリだけでは物足らず、毎日悶々としていました。一方、女
とやりたいという欲望も益々芽生え、それこそ四六時中セックスのことばかり考えていた
ように思います。

父への佳彦さん 投稿者:福丸(12月10日(水)08時12分55秒)
お父さん、驚いたでしょうね、
お父さんは、佳彦さんに抱かれたい・・・
親子としての壁があるのでしょうけど、お父さんの判断を待つより
佳彦さんがリードしてあげれば進展すると思います。
お二人でドライブ等に出かけて自然な形でお話が出来ればいいですね、

お父さん、「一歩踏み出して・・・」 
応援しています。


父へ 投稿者:佳彦(12月8日(月)23時27分09秒)
父にこのサイトを見せました。
私の書き込みにかなり驚いた様子です。
何しろこの間の行状を書いたのですから当然ですよね。
私がこんな行動を起こしたのも、あれ以来妙な感じの膠着状態を解消したいが為なのです。
父は私やそれ以外の書き込みを食入るように読んでいると思います。

この先どう転ぶか判りませんが、父の判断に委ねたいと思います。
高い金を払って女抱いても解消しないもやもや感を払拭したいから、敢えて行動に出ようと
思います。
これを読んだら私の部屋に来て欲しいです。
話し合いましょう。

家族旅行の佳彦さんへ 投稿者:福丸(12月8日(月)08時38分43秒)
佳彦さん、家族旅行での出来事を拝読し、興奮してオナニーしました。
お父さんは、佳彦さんを待っていますね、
優しく接してあげてください。
続きがあることを期待し股間を熱くして待っています。(51歳の親父)


ハッテン場 投稿者:蛙の子は蛙(12月7日(日)15時12分35秒)
ヤリ部屋で息子と偶然会ったことがあります。
当時私は37歳、息子は18歳でした。
ヤリ部屋に入ると、暗闇で正常位で激しく交尾する一組にギャラリーが群がっていま
した。交尾のエロさと喘ぎ声に欲情し、私もその輪に近づいて、タチの姿を見て驚き
ました。息子が汗だくでセックス姿がそこにありました。固まるとはこのことを言う
んだろうと思います。何の判断もできず、本当に体が動きませんでした。そして息子
と目が合いました。息子も何が起こったのか理解できない様子で、数秒して男から離
れました。
2人とも抜きに来たのではありますが、それどころではなく、取り敢えず一緒に出て
久々にいろいろ話ました。
息子が高校時代の部活で男を覚えたこと、結婚しようと思っている彼女がいること、
それでも男同士のセックスはやめられないということ、そして私が男好きだという
ことは元妻から聞かされていたこと等々。
これがきっかけで秘密を共有した関係というか、共犯というか、これまでそっけない
親子関係から意外と仲のいい関係になりました。
今は孫もできて息子もパパやってますが、それでもヤリ部屋には通っているらしく、
最近男とやってるか?と聞くと、「先週も行ったよ」と普通に答えます。
不思議な親子関係だと思いますが・・・。

1人息子と 投稿者:孝雄(12月5日(金)10時44分19秒)
私は息子と一時期関係がありました。
19歳で息子を持ち、その後離婚して私が息子を引き取りました。
小学4年生の息子との2人暮らしは、公務員とはいえ、仕事と子育てとの両立は思いの外
大変でした。
狭い1LDKのマンション住まいのため、息子と同じベッドで寝るしかなく、それが
そのまま息子が中学になっても高校生になっても続きました。
そのころになると息子の寝勃起が気になり始め、布団の中でこっそり触ったりするように
なりました。勿論、パジャマの上からではありますが、寝息を立てて勃起させてる息子
に正直欲情する毎日でした。
一線を越えたのは息子が高校2年の夏です。酔って帰ると息子は既に寝ていていました。
トランクス1枚だけで寝ている姿に酔いのせいで自制が効かなくなり、横に潜り込むと
股間に手を置きました。既に大人の大きさになっていた息子の股間をゆっくり揉む
うちに、息子のものは勃起しました。もうたまらなくなってトランクスの中に手を入れて
しごいてしまいました。息子に気づかれないようにドキドキしながら、もしも気づかれた
ときの言い訳も必死で考えながら触っていたと思います。先走りが出始め、亀頭を刺激
してやると、息子の体が動いて慌てて手をひっこめました。冷静になって自分のしたこと
を反省し、布団をかぶって寝ました。
翌朝、気持ち良くて目が覚めると、私の股間に息子の手がありました。というよりも、
息子が私のチンポをトランクス超しに触っていました。これまで10年以上一緒のベッドに
寝ていて初めてのことです。しばらくは寝たふりしていましたが、トランクスが濡れる
くらいに先走りが出てしまい、たまらず息子の方に寝返って、息子の股間に手をやり
ました。息子も激しく勃起させていました。それから二人で向かい合って触り合いしま
した。
息子は17歳、私は36歳です。二人とも性欲有り余るころです。
濡れた亀頭を触り合いながら、無言で、しかし息は荒くしごき合いました。
息子が小声で「お父さん、逝く・・・」と言うと、驚くほど激しく大量の精液を噴射
させました。同時に私も爆発しました。そして沈黙。
私が後始末をし、何事もなかったかのように朝の身支度をし、息子よりも早く家を
出ました。
その日の夕方、仕事から帰って、息子と顔を合わせましたが、息子はいつもと何ら
変わらず、拍子抜けしましたし、あれはいったいなんだったのかとさえ思いました。

息子と一緒に寝ている部屋が息子の勉強部屋でした。息子が勉強してるときは部屋には
入らなかったので、その時に息子はオナニーしていたんだろうと思います。私は私で、
トイレでオナニーするようにしてました。時々ヤリ部屋で発散することもありましたが、
基本的にいつも溜まっている状態だったと言えます。
だから一度経験したお互いの快感、そして一線を越えた行為は、すぐその夜もまた
行われました。普通に食事して普通に風呂に入り、いつものように息子が部屋に入って
しばらくして私もベッドに入りました。
今夜は明らかに息子は待ってました。私が息子の股間に手を伸ばす既に勃起していま
した。私は迷うことなく布団の中に潜り込んで、トランクスを脱がせて息子のチンポ
にしゃぶりつきました。息子にとっては人生で初めてのフェラ。体をのけ反らせて
声さえ出しました。それからはもう野獣でした。私がこれまでの人生で会得した
男同士の快感へのテクニックを駆使して、息子を快感地獄に導きました。
男がこんなにも感じるのかというくらい、息子は体を震わせて必死で快感と戦って
いました。何度も何度も逝きそうだという息子を制し、何度も何度も寸止めして、
その度に私のチンポを息子の差し出して咥えてもらいました。息子は私のものを咥え
ながらも激しく勃起しており、それを刺激すると必死でしゃぶってくれました。
その日を境に二人の行為は毎日行われるようになりました。

家族旅行での出来事 投稿者:佳彦(11月29日(土)19時09分12秒)
ほんのちょっとした事がきっかけでした。
私の家族は父と母と一回り下の妹と私を含めての4人家族です。
中学生の妹がどうしても九州に行きたいと言い出したのがきっかけで2泊3日の湯布院への旅行
が決まりました。
私たち家族はとても仲が良くて何をするにしても家族全員で、というのが多いです。

父と母も今もちょくちょくケンカはするけど、テレビなどはよく肩を並べて見てます。
多分SEXもちゃんとこなしてるのではないかと思います。(時折火照った顔色の母を見る)
で、私はというと、30超えても実家から出ないで会社勤めをしている女気ゼロのていたらく
で、週2〜3度のAV鑑賞オナニーで我慢する情けない息子でした。

旅行は10月最終週に行きました。
新幹線の中では妹はきゃっきゃと浮かれ、両親は仲良くガイドブックを見ていました。
私はずっと寝を決め込んでいました。
時折薄目で目の前の両親を見ていましたが、母の右手が父の太ももをさすっているのが
見えて、しかも母の無防備にパカパカと開く太ももも合わさって見えて、不覚にも勃って
しまいました。あ〜あ〜金があったら風呂屋にでも行ってすっきりできるのにと思って
しまったのでした。

さて旅館についてからの1日目は観光巡りに明け暮れ、翌日も同様でしたので何も書く事は
ありません。
問題になったのは2日目の夜、つまり旅行最後の夜の事でした。
私は昼間に歩き疲れたからか、かなりの疲労を覚えていました。
それで何となくHな気分に浸りたいと思って、携帯用DVDを出してAVを見始めました。

妹と母は温泉に浸かりに行って、父も同伴して行ったので私一人で鑑賞に耽りました。
持ってきた作品は加山なつこ主演の近親相姦モノでした。
母を見て勃起するぐらいですから、肉感的な熟女が大好きなのです。

妙な開放感と緊張感が相まって私は一人でシコシコしたくなりました。
加山なつこのでかい尻が迫り来るシーンで、もうたまらず、ドッピュ〜ン!!
3日ぶりのせいか、かなりの量が畳の上にこぼれてしまいました。

ちょっと慌てた私が、手持ちのテッシュで拭き取ろうとした時に、突然正面の襖が開いたの
です。浴衣姿の父でした。
雫が垂れ下がっているちんぽがむき出しのままの格好を見られた私は、もうどうすることも
できずに動きを停止してしまいました。

お盛んだな、 これが父の第一声でした。
父は干してあった手拭いを手にして出て行こうとしました。
父は母らとは別行動だったらしく、今から風呂に入りに行くところでした。
ここで狼狽えては恥ずかしいだけだと考え、ゆっくりと畳を拭き、パンツを履きました。

こんなおばさんで抜くのか、変わった奴だな。
父の笑い顔とこのセリフで身の置き所が無い気持ちにさせられました。
父さんだっておばさん抱いてるじゃないかよ。
私の精一杯の言葉に父は何故か顔を赤らめていました。

父は足早に浴場に向かいました。私は丁寧に後始末をしてから後に続きました。
男性用浴場に入ると中は意外にも閑散としていて、だいたい3,4人ぐらいの人たちが
いました。
父は首まで浸かっていました。私は前を隠さずに大浴槽まで行きました。
あれだけのところを見られたのですから、もう恥ずかしい事はありませんでした。

お前、結構毛深いなと父が言うと、女もいないから手入れなんかしたことないからな。
私の声が風呂場全体に響くと、周囲にいた人たちの顔が一斉にこっちを向いてきました。
ああ、しまった。私はすぐに浴槽の中に入りました。

右手から父の顔を見る位置に座りました。父はじっと目を瞑っていました。
しばらくして、最近、あんなことばっかりしてんのか?と口を開いてきました。
そればっかり。だって金無いし女いないし・・。
お前、母さん想像してシテるのか? 父は加山なつこの画を見て想像したのでしょう。
私は否定しました。さすがにそれは無いと。

後は徒然の話題ばかりで数分程喋っていると、ふと周囲を見たら誰もいなくなっていました。
夜の9時前後にしては珍しく人がいませんでした。
誰もいなくなったね。と言うと、父はおもむろに腰を上げて立ち上がりました。

私がその時驚いたのは、父の股間。まあ、軽い半勃ち状態なのが目に入ったからです。
父さん最近どうなの?と聞くと、さっぱりだなと返答してきました。
お前の精力が羨ましいよ。そう言うと洗い場の方へ歩いて行きました。

私が次に驚いたのは父の尻が以外に大きいことでした。
まるで満月のような、男の人らしくない尻の形に、ふと加山よしこの尻を想像してしまいました。
小さい父にしては不似合いなデカ尻に妙な空気に当てられてしまった私は、あらあら、再度
勃起してしまいました。
身体を洗っていた父も呆れた表情で若いのか足らんのか、凄い奴だなと言いました。

男には興味無いんだけど、変だなあ・・と僕は慌てるしかありませんでした。
全身石鹸まみれの父が、立ち上がると僕の正面に身体を向けました。
俺もしばらくしてないけど、付き合ったるわ。そう言うと泡まみれのちんぽをシゴき始めま
した。
私も酔った感じを覚えながらもゴシゴシしごき始めました。
2度目なので反り返るまではなりませんけど、長い棒状にまでなりました。
父は半勃ちのままで変化はありません。
2人の男が立って向き合ったまま、股間をシゴく様を鏡で見ると、なんとも異様な感じを
覚えました。
父は自分のと一緒に私のモノとを握ると、2本同時にゴシゴシとしごき始めました。
石鹸の泡が肌の抵抗感を無くしてくれてスムーズにしごけていました。
5分近く経っても誰ひとり入って来ません。でも誰かが入ってきてももう止められないぐらい
にまで興奮していました。

60近くになって息子と一緒にセンズリとはな・・・
父の声も相当震えていました。どうやら絶頂までもう少しというところでしょうか。
でもその前に私がダメになりそうです。

アカン、もうダメだ・・
私がそう呟くと父は手の動きを止めて、すっとしゃがみこむと、何と、ぐっと喉の奥まで
飲み込みながら、しゃぶり始めたのです。
いきなりのネットリとした舌の感触に、あえなく暴発。

私は驚いて腰を引くと、父の口からドロっとした精液がタレ流れてきました。
私はその場で尻餅をついてしまいました。
そうした瞬間、勢いよくドアが開くと、6,7人の団体が雪崩れ込んで来ました。
私は、慌ててシャワーの詮を開くと、父の方を見ずに身体を洗う格好をして、すぐさま
その場から出て行きました。

とんでもない事が起こってしまった。私の頭の中はパニックで真っ白になっていました。
その後館内をウロつきながら11時近くまで時間を潰してから部屋に戻ると、母も娘も
部屋でテレビを見ていました。
父はと聞いたら、まだ戻ってないとのこと。
ちょっと目を合わせ辛いなと思いました。11時30分を回っても帰って来ませんでしたが
明日は早いからと母と妹は向こうの部屋で寝に行きました。
私も仕方なく布団に入りましたが、横に敷いてある布団が気になってなかなか寝付けません

かなり時間が経った頃でしょうか、襖の向こうから2人の寝息が聞こえてきました。
するとその時、その正面の襖が開いて父が入って来ました。
私は妙な緊張感で胸がバクバクしていました。

その時、父の小さな声が耳に入って来ました。
起きてんだろ・・・
ウソ寝決め込んでも良かったのですが、私も悪魔に魅入られたい欲求があったのか、
ゆっくりと顔を父の方に向けました。
さっきは済まなかったと詫びる父に私はちゃんと処理したのと聞き返しました。

結局人が入ってきて、ちゃんと出し終わってないと言ってきました。
帰りが遅かったのは、吐き出す場所を探していて、結局果たせなかったようなのです。
私は手元にある小さいスタンドを着けると、うっすらとした灯りの中に困った表情の父の
姿が見えたのです。

ここでしちゃってもいいか?
私にはどうにも答えられませんでしたが、このままだと身体に悪いからとぼそっと言うと、
父は浴衣もパンツも脱いで、シコシコとセンズリを始めました。

旅行の最中にしかも子供2人と一緒にいるのに母親とSEXすることなんかできっこありませんもんね。
父は荒い息を吐きながら、シゴいていましたが、なかなかイク事ができません。

父は私に手でしてくれと懇願してきました。
私は嫌な顔をしましたが、内心ではもう高ぶる気持ちでいっぱいでした。
私は左手で父のちんぽを根っこから持つと、ゆっくりと手を上下に動かしました。

父の股間は、もう石のようにカチカチでした。
私は右手で自分の股間を触りました。2度も出したのに、もう大きく膨らんでいました。
僕も一緒に、と言うとパンツを脱いで3度目に挑みました。

父は、はっはっと息を吐きますが、まだイキません。
私は父を布団の上に寝るよう指示しました。
父が寝ると、私は父のちんぽを口に含みました。淡い石鹸の味がしました。
初めてのフェラ行為に、もう理性などどこかへ吹っ飛んで行きました。

私の荒いフェラでも父は悶えるばかりで一向に捗りません。
もう我慢できんと、私は父の身体を裏返し、よつんばにさせて、一気に中に突き立てました。
うおおおおおおおおおおおおお。と地を這うような唸り声の父。

父の大きな尻を両手でがっちりと掴むと、一気に腰を動かしました。
尻の粘液がジュプジュプと練るような音を立てました。
私の先っぽに硬い物体に何度も当たって来ました。

私は父さんのウンコが当たってると声を出しました。
父はすまん、すまん。でもそのまま行ってくれと絞るような声で私に言いました。

父さん、何か気持ちイイ。と僕は一心不乱にもがきました。
もっと奥まで突いてくれ、俺は一度でいいから男に抱かれたかったんだ。
凄いカミングアウト。もう一気に行くしかありません。

私は父を後ろからしごきながら腰を動かしていました。
父がやっとイキそうだ、と言うと、布団の上に濃い精液をぶちまけました。
私も堪えきれなくなって父の腸の中に3度目の射精をしました。

全てを終えて父の尻から抜き出すと、私のちんぽには茶色のウンコがべっとりと付着して
いました。
父はそれを丁寧に拭き取ってくれました。
全ての始末を終えた時、私と父はねっとりとしたディープキスを繰り返しておりました。

あれから1ヶ月。
父とはありません。あれは悪夢だったのでしょうか。
オナニーをしてもすっきりしません。ソープでも満足できません。
父は色目を使って私を見るようになりました。

父からの誘いはありません。やはり私からの声かけを待っているのでしょうね。
でもその気にはなれません。この抵抗感はどこから来てるのでしょうか?

義父との出来事 投稿者:コウ(11月24日(月)16時23分23秒)
婿養子となって30数年たちます。(私自身のことです。)
今は義父は他界してしまいましたが(10年ほど前に)、実は義父と2人だけの秘密があります。そうです、体の関係ができていたのです。
と、言っても私が。、義父の一物を弄ぶ程度でしたが・・・。
ちんこ、アナル、キンタマへの愛撫はよくさせてもらってました。
今考えると懐かしく、又、早く義父が他界してしまってことが悔やまれます。